メランコリック・ウォール
第8章 同意の上の
「おはようございま~す!」
ゆりちゃんが元気に入ってくる。
「あれっ?親方たち、現場は…?」
「それがな、ゆりちゃん。たまったもんじゃねえよ」
親方は少し怒った様子だったけれど、まぁこんな事も時にはある。それを一番良く知っている人だ。
「あら~。そうだったんですか。それじゃ今日は、お仕事…なし?」
ゆりちゃんが言うと、親方は今日2本目の煙草に火をつけた。
「ああ…まぁそれでも良いんだけどよ。倉庫の壁でも塗るか?森山」
「ははっ。ボロッボロですもんね」
「ちげえねえ、ガハハハ!」
事務所はすっかり楽しいムードに変わっていた。
「あれえ?アキさん、ストールなんてめずらしいですね?かわいいです~!」
「そ…そ、そうかなぁ?へへ、なんとなく…ね」
…
結局その日、親方と森山さんは事務所の隣にある倉庫の外壁塗装をすることになった。
2人がおもてへ出ていくと、私たちの他には誰もいないのに、ゆりちゃんがコソコソと話しだす。
「森山さんってもしかして…アキさんに気があるんですかね…?」
「えぇ?なに言い出すのゆりちゃん」
「だって、昨日も…アキさんが雨で立ち往生してるって伝えたとき、なんだか雰囲気が違いましたもん」
「どんなふうに…?」
「急にスッゴク急ぎ始めて、すごい慌ててました。それに…」
「?」
「さっきだって、なんだかアキさんを見る視線がいつもと違いましたよお~!?」
「ふふっ。そんなわけないでしょ。」
はぐらかしながらも、私の心はどこか浮かれていた。
「そうですかねぇ。うーん。…でも森山さんって、ちょっと謎が多いですよね。女慣れしてんのか、それとも女嫌いなのか、…どっちか分からない(笑)」
浮かれていた心が、チクリと少しだけ傷んだ。
確かに、やけに女慣れしているようにも感じるような…。
「あはは、そうだね」
なんとなく合わせるような返事をしてから、私はまたこれまで森山さんとの間に起こったことを思い返していた。