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メランコリック・ウォール

第9章 見つかった痕


「楽しく飲みたいので、近寄らないようにします(笑)」


トゲのある一言でゆりちゃんが笑った。


桜子ちゃんはまた、森山さんにベタベタするんだろうな…。

黒い気持ちを隠し、私は業務に集中した。



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あっという間に昼になり、親方のおごりで出前の蕎麦を取った。


「美味しかった~」
「親方、ごちそうさまです~」



通常通り1時間の休憩に入るため、親方はすぐ近所の自宅へ歩いて戻っていった。


「いつもは休憩時間どうしてるの?」


「ん、だいたいトラックで寝てる。」


「そう…」


「俺ちょっとコンビニ。なんか要る?」


私とゆりちゃんが顔を見合わせて確認し「大丈夫です」と答えると、彼も事務所から出ていった。


結局、休憩が終わる13時まで戻ってくることはなかった。






「車で寝てた。…はい。2人で食べて」


手渡された袋の中には、お菓子やシュークリームが入っている。


「うわぁ。ありがとう…!」

「え~、ありがとうございますー!」


親方と森山さんがまた午後の作業に戻ると、私たちは早速シュークリームを食べた。


「森山さんって、案外優しいんだ~」


ゆりちゃんが頬張りながら言う。


「ふふっ、そうだね」



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その夜、ゆりちゃんの言葉が頭に浮かぶ。


”女慣れしてんのか、それとも女嫌いなのか、……”



到底分からない。


私にキスしたことも、あんなふうに笑いかけることも、彼にとっては火遊びなのだろうか。


…いや、私は何を望んでいるんだろう。


まるで”本気”を望んでいるかのような自分の思考にストップをかける。



私には夫がいて、森山さんは独身。住む世界が違う。


この壁を飛び越えることなんて、できるわけがないのだから…ーー。




それなら、私たちの関係って?


同じ会社で働く事務員と作業員。


でもそれだけじゃない…もう何度も口づけを交わしているのだ。



ーーーピコン!


スマホが音を立て、暗い部屋が一瞬ライトで光る。


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