メランコリック・ウォール
第10章 キスの理由
「おーおー!アキちゃん!いいねえ浴衣~」
その言葉で、森山さんが振り向いて目が合った。
かすかに微笑んでからおじさんの輪に入り座った。
「ゆりちゃんもこっち座れや」
おじさんたちはイヤラしい意味でなく純粋にいつも優しいけれど、曽根さんだけはちょっと注意が必要だ。
「アキちゃんは~、俺のとなりぃ~!決まってんの。なっ!」
「ははは…」
「おい、アキちゃん困ってんだろ~!?やめとけ曽根~」
すると意外なことに、輪の向こうで飲んでいた森山さんが立ち上がり、「楽しそうですね。俺も入れてくださいよ」と入ってきた。
「おお森山~!来い来い。飲んでるか~?」
「イケメンが来ちゃったな~!はっはっは」
おじさんたちが森山さんをすんなり受け入れ、彼は本当にさり気なく自然に私の隣に座った。
席を外していた桜子ちゃんがほんの数分後に戻ってきて、彼の隣に座る。
近くにいられて嬉しいという気持ちよりも、モヤモヤする気持ちが強くなる。
「なあ、アキちゃん」
ふいに、隣から肩を寄せられる。曽根さんだ…。
「は、はい…?」
「俺ぁ、マジで言ってる。オサムは駄目だ。あいつぁ、アキちゃんを大事にしてない。そうだろっ?!」
「曽根さん、酔っ払いすぎです(笑)」
「いんや、酔ってない!アキちゃん、俺んとこ来い?な?」
「なに言ってるんですか、もう~」
曽根さんのこうした発言には慣れているけれど、森山さんの前では何だか恥ずかしい。
「曽根さんって、彼女いないんすか?意外」
森山さんが思わぬ助け舟を出してくれると、曽根さんは抱き寄せていた肩をほどいてくれた。
「おうよ!意外たぁ、嬉しいこと言うじゃねーか森山~!俺ぁ、そんなにモテそうかぁ?ひっひっひ」
すっかり上機嫌の曽根さんは、森山さんのグラスにビールを注ぐ。
「曽根センパイ、あーざーっっす!」
ノリよく答えながら、彼は曽根さんに見えないように私の浴衣を引っ張り、自分へ引き寄せた。
宴会場の喧騒にまぎれて「ありがとぅ」と言うと、彼は私にだけ聞こえる声で「ムカつく」と言って少し笑った。