メランコリック・ウォール
第12章 願い事は
「ふふっ。入るかどうかちょっと迷っただろ」
扉の前に立ったまま、彼が迫る。
「だって…」
「でも、アキさんは来た。」
「うん…」
「キスしたい」
「……うん」
カチャリ、と片手で扉のカギを締めながら、私に優しく口づけた。
壁に押し迫られ、逃げ場がない…だけど、たまらなく心地よいキス。
だんだんと息は上がり、彼は舌を絡ませながら私の耳にするりと触れた。
「…ゃぁ…ん…」
つい小さな声が漏れると、森山さんは”しーっ。”と人差し指を立てた。
扉の外にはオサムたちがぞろぞろと歩いてくる気配がする。
「聞こえちゃうよ」
小声で言う森山さんがすごく色っぽくて、私はまた視線でキスをせがんだ。
くすっと笑ってもう一度唇を合わせると、私は彼の首に手を回した。
すぐそこに夫がいるのに、こんな事をしてるなんて…まさか、夢なのだろうか。
ううん、夢でもいい。今はこの大きな胸の中に溺れたい…。
ガヤガヤと扉の向こうを皆が通り過ぎるとき、私は自ら舌を絡ませていた。
「…ん…はぁ…っ」
森山さんは親指で私の唇に触れると、「…やらしいの」とつぶやいて手を引いた。
「ほら、見て」
窓を開け、外を見るよう促される。
「…?」
外を見ても、特にめずらしいものは見当たらなかった。
すると森山さんは部屋の電気を消し、私のそばにやってきた。
「星」
言われて空を見る。
「うわぁ…キレイ…」
「な?」
「うん…」
「この旅館、裏は山だからかな?」
「そっかぁ。こんなに星が綺麗に見えるなんて、今まで気付かなかった。」
そっと背後から包み込まれ、背中があたたかい。
前に回された彼の腕が愛おしい。
「あっ!流れ星!みた?」
「ごめん見てなかった。アキさん見てたから」
「もうー!ちゃんと空見ててよ、きっとまた見えるから」
「ははっ、分かった。」
暗い部屋から見渡す夜空を眺めていると、まるで私たちが星の海へ投げ出されたみたいだった…ーー。
それはとても美しく、少し切ない。