メランコリック・ウォール
第13章 ゆりちゃんの秘密
しょげながら自分の部屋へ向かう彼を見送ったあと、私はやっと手をどけた。
「ふふ!森山さんって、あんな感じなんですね。普段会社で見るのとは全然違います」
「仕事の時、クールだよね。最初は近寄りがたかったもん」
「ですよね!アキさんにはあんな顔するんだぁ。なんだかびっくりです(笑)」
それから私たちは温泉に入り、化粧をすると月の宮旅館を後にした。
あきらかに濃くなっている赤い痕について、ゆりちゃんはなにも言わなかった。
家に着くと、まだオサムも義父も帰っていない。
携帯にはキョウヘイくんから[すっぴん見たい]とメッセージが入っていて、私はクスッと笑った。
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それから1週間。
仕事がとても忙しく、残業も頻繁にある。
以前のように作業員が事務所でゆっくり過ごすことはほとんどなく、私が彼とキスする機会も到底ない。
3日に1度ほど、彼と夜な夜な電話でおしゃべりするのが楽しみになっていた。
「おつかれさま」
「ん。アキもお疲れな。今日の現場ヤバかったわ。終わらないかと思った」
「大変だったね…。急に言われちゃうと困るよね」
「うん。せめて前日に言えよってな」
「ほんとそう。私も今日は慌てちゃった。」
「この繁忙期が終わったら、ぜってぇアキ”ちゃん”を拉致して旅に出てやる…」
「ちょっとぉ、ちゃん付けやめてよ、キョウ”ちゃん”!あはは」
「うわ~。初めて呼ばれたわ(笑)」
「えぇ、キョウちゃんってあだ名だったことないの?」
「ない」
「友達からは?」
「森山」
「男らしいね…(笑)」
「はは!アキが初めてだよ」
「…ふぅん。じゃあ、もらっちゃおうかな?」
「?何を?」
「キョウちゃんっていう、私だけの呼び方。えへへ…」
「ふっ。アキって嬉しいとき、その笑い方するよね。」
「えっ?ほんと?はずかし!」
「なんでだよ(笑)」
「…キョウちゃん」
「ん?」
「ううん。呼んだだけ。」
「…仕事落ち着いたら、どっか行こう。」
「うん。」
「考えといて。アキの行きたいとこ」
…
「キョウちゃん、おやすみ。」
「おやすみ、アキ。」