メランコリック・ウォール
第18章 堕
「今日もこっちは早く終わるだろうなァ。台風が来てっから。」
親方が言う。
「そうですねぇ、被害が少ないと良いんですけど…」
ゆりちゃんが答え、少しして4人は現場へ出かけていった。
今日は、戸を出ていくときにもキョウちゃんが私を見ることはなかった。
頭が働かないまま何とか業務をこなし、午後2時を過ぎる頃には外にはかなり強い風が吹き荒れていた。
「うわぁっ、すごい風…。大丈夫ですかねぇ。」
やがてすぐに親方から切り上げの連絡が入る。
また、キョウちゃんと顔を合わせなければならない。
以前はあんなに嬉しかった事が、今は悲しくて仕方がない。
「アキさん…なにかありました?なんだか変です」
私はキョウちゃんと衝突してしまった事や、オサムが朝帰りしたことをぽつぽつと告げた。
「あぁ…それで、今日はオサムさんもムッとした感じだったんですね。」
「そう。子供みたいよね。相手してると疲れる」
「森山さんも、今日は表情が暗かったですね…2人、いつもと違うなって思ってたんです」
「う、うん…。でも仕事は仕事だもんね。ちゃんとしなきゃ…」
「アキさん……」
そのとき、カラカラと戸が開いた。
親方にキョウちゃん、そして外注の作業員が2名入ってきた。
「「おつかれーっす」」
キョウちゃんを見ることが出来ない…。
そして彼もまた、きっと私を見ていない。
今度は私がお茶を淹れ、それぞれに置いて回る。
いつも目を見て”ありがとう”と言っていたキョウちゃんからは、なにも言葉がもらえなかった。
心がどんどんと沈んでいく…ーーー
やがて男たちはテレビに流れる芸能人の結婚報道を見ながら談笑を始めた。
「えっ、森山くん結婚願望あんの?!」
「そりゃ、ありますよ。はは」
「へぇ、意外だねぇ」
頭がボーッとするけれど、キョウちゃんの言葉だけは鮮明に聞こえる。
キョウちゃんは、お嫁さんが欲しいんだ…。
私はもう人妻だから、私じゃない誰かと、いつか…。