メランコリック・ウォール
第18章 堕
廊下の向こうから、
「今日はいいから、休ませてやんなよ。出前でも取ろう」
と義父の声が聞こえる。
オサムは無言で、大きな音を立てて戸を閉めた。
私はあの人にとって、一体何者なのか。
家政婦以下ではないのか。
今度は泣きたい気持ちとは違う、大きな虚無感に襲われる。
私の人生、こうなる運命だったの…?
考える力も、もうほとんど残っていない。
とにかく今は眠ろう…ーーー
…
ふと気がつくと、部屋はすっかり真っ暗だった。
台風はまだ去っていないようで、窓にはびゅうびゅうと強い風が吹き付けている。
携帯を見ると、時刻は夜10時を過ぎていた。
変な時間に起きちゃったなぁ…。
画面の隅に、メッセージの受信を告げる通知が点滅している。
「…?」
ひらくと、そこにはキョウちゃんの名前があった。
[大丈夫か]
[心配してる。できれば連絡くれ]
彼からは2通のメッセージと、1件の着信が入っていた。
幸いにも、まだ起きていそうな時間だ。
電話をかけようかとも考えたけれど、なんだか気が引けてしまう。
[ごめんね、寝ちゃってて…。心配してくれてありがとう]
送ると、1分もかからないうちにキョウちゃんからの着信で画面が光る。
ドキリと胸が鳴り、消耗している体力をさらにすり減らす。
「も…もしもし…」
「アキ」
「うん」
「大丈夫か?」
「うん、…ありがとう」
「5分後に、ちょっとだけ外出れる?」
「え?」
「自販機のとこまで。歩けるか?」
「う、うん…だけどなんで?」
「とにかく5分後に…すぐ出るなよ、まだ着かないから」
運転している空気が受話器から流れ込む。
「え…っと…」
「じゃあ、一旦切る。5分後な」
「分かった…」
午後、そのまま眠ってしまったせいでヨレている化粧を直す。
私はキョウちゃんに言われたとおり、きっかり5分が経つのを見届けてから部屋を出た。
もう寝ているであろう義父の部屋を過ぎ、いるのかいないのかも分からないオサムの部屋を過ぎた。
ゆっくりと階段を降りると、なんだか貧血で足元がふらつく。
そろそろと事務所を後にすると、自販機の横にはキョウちゃんの車が停まっていた。