メランコリック・ウォール
第19章 台風の夜
今度は、いちばん私が聞きたかったことを言えた。
”聞けよ。全部言ってやるよ”という、キョウちゃんの言葉が脳内に再生される。
「いるよ。いつだっている。」
考える間もなく答える彼の手は、優しく私の右手を包んだ。
「そう…なんだ…。」
「?…意外、って顔だな。」
「だって…」
「言わなくていい。分かってる。」
キョウちゃんとの未来を、考えたことがあっただろうか。
まさか、2人で生きていくなんて。
叶えるには、問題が多すぎる…ーー。
…
「今度、九州に帰省すんだ。親父の手術があって…1泊だけ」
「えっ。お父様、大丈夫なの?」
「うん。足が悪いから、ちょっと膝の手術をね」
「そう…。お休み、取れないかな?ゆっくり帰ってあげられない?」
「今はさすがに無理だな。」
「そうだよね…」
「なんでアキがそんな顔すんだよ(笑)」
「だって、お父様寂しいでしょう?足が思うようにいかないのに1人で…」
キョウちゃんが幼い頃に母を亡くしたのは、以前の電話で聞いていた。
「慣れてるよ、大丈夫。俺もたまには帰るし。親父さぁ、彼女いるんだぜ。ははっ」
「えぇ、本当?」
「まぁ、彼女って言うとあれだけど(笑)よく世話を焼いてくれるおばちゃんがね。助かってる。」
「そっかぁ…良かった。」
「今度の土曜に行く。」
「飛行機?」
「あぁ。速いからな」
「何時発?」
「アキ、…まさか見送りしようとしてないよな?」
「うっ……」
図星だった。
「空港まで遠いから駄目。」
「…はぁい」
やっぱりダメかぁ。
うつむくと、キョウちゃんが私の顔を覗き込んでキスをした。
「行く前に、少しだけデートしよう」
「え…本当っ?」
「でもマジで少しだぞ。それでも良いなら」
「行くっ…!!」
「ふっ。…それまでちゃんとメシ食って、元気になったらな。」
「うん…ちゃんと食べる。」
心はもうすっかり元気になっていた。
キョウちゃんとの間に起こるひとつひとつが、これほどまでに私を揺るがしていることを実感する。