メランコリック・ウォール
第19章 台風の夜
久しぶりに物が喉を通る感覚。
ぷるっと柔らかいゼリーが、からっぽの胃に落ちていく。
キョウちゃんの部屋には、明日着るであろう作業着や煙草の箱が乱雑に置かれていた。
開けっ放しになっている戸の奥の部屋には、ローベッドが見える。
朝には台風は去るはずで、またいつもどおりの1日を過ごすんだ。
それなのに、こんな時間に…私はここにいる。
これからどうするのか分からないまま、静かに佇んでいた。
…
「一個しか食ってないの?」
キョウちゃんがわしゃわしゃと髪を拭きながら戻ってくる。
「あ、うん…すぐにはちょっと、入らなくって」
「ん。じゃあ明日な」
時刻はもうすぐ深夜1時になろうとしている。
こんな時間にキョウちゃんといるのは初めてだ。
洗面所でドライヤーを借りるとき、男モノの髭剃りやヘアワックスの中に…女性モノは紛れていないか、思わず探してしまう。
私ったら、何をしてるんだろう…。
「キョウちゃん、ドライヤーありがとう」
薄暗い部屋に戻るが、彼は居ない。
「おいで」
奥の部屋を見ると、キョウちゃんは横になってこちらを向いていた。
…胸が高鳴る。
彼のいるベッドへ、私は本当に入り込んでしまうのだろうか。
「ん…」
ゆっくりと足を踏み出す。
「なんもしないから。少し寝よう、おいで。」
私の心境を察してか、彼はそう言って枕をぽんぽんと叩き、私を呼んだ。
ベッドの脇まで行くと、彼はタオルケットをめくって促す。
ゆっくりと足をすべらせ、やがて彼の温かい足とぶつかる。
「あ…あったかい…」
「冷房効きすぎてる?」
「ううん、平気。」
同じ布団に入り抱きしめられると、途端に身体中が悦ぶ。
目の前に伸びるキョウちゃんの首すじを、指先でそっと触れた。
「ん…。くすぐったい」
その声はとても色っぽかった。
「キョウちゃんはドライヤーしないの?」
「ん。いい。」
「…風邪ひくよぉ」
「ふふっ」
彼が普段使っているシャンプーの、さわやかな香りに包まれる。