メランコリック・ウォール
第19章 台風の夜
「ねぇ……」
見上げてキスをせがむけれど、彼は応じてくれなかった。
「…駄目。」
「んんぅ…どうして」
「キスだけで終われる自信がない。」
そう言うとキョウちゃんは私をより強く抱きしめた。
問わなくても、理性を押し殺しているのが分かった。
「アキ。」
「ぅん…」
「好き。」
「ん…」
「俺だけのものにしたいよ、…本当は」
「私…も…キョウちゃんだけの私に、なりたい…」
彼の胸元に額を押し付け、やがて背中を優しくさすられる。
…
「ほら、…眠って。朝早く、送ってくから」
その言葉を最後に、私は心地よい眠りへ落ちていった…ーーー
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ピーピーと、聞き慣れない電子音で目が覚める。
外はまだ薄暗い。
「ん…ふぁあ…」
隣ではキョウちゃんがあくびをし、目をこすっている。
「今、何時だろう…」
「4時。アラームかけといた」
「ん…」
絡み合う足で、私は夫以外の人と朝を迎えたことを実感する。
…
今日も普通に業務があり、ゆっくり帰るというわけにもいかない。
まだ皆が寝静まっている間に…というキョウちゃんの気遣いだろう。
「ごめんね、あまり寝る時間なかったよね…」
「ん?…俺が連れてきちゃったんだから、謝ることない」
それから一緒に顔を洗い、彼が予備で取っておいた歯ブラシを使って身支度を済ませた。
鏡の前には、2本の歯ブラシが並んだまま…私たちは部屋を後にした。
結局、キョウちゃんの部屋で私たちはキスも、手を握り合うこともしなかった。
ただただ強く抱きしめあって眠りについた他には…ーーー。
「台風、すっかりいなくなったね」
「そうだな。もっといてくれても良いのにな」
キョウちゃんは笑いながら煙草を吸い、ハンドルを器用に操作する。
もうすぐ、家についてしまう…。
「キョウちゃん」
「どした?」
「もうすぐ着いちゃう…」
「ん。そうだな。…?」
「チュゥ、したい…」
返事はなく、次の信号で停まると彼はそっと唇をくれた。