おにぎり短編集
第5章 夕暮れ
「……どんな音楽か、教えてよ」
きっと聴いたら、騒いだ心臓が落ち着かなくなる。そう思っていた。
それに気づくと、余裕が欲しかったのに、絞り出すような声しか出ない。
彼女は気にしないと言ったように、弾むような笑顔を見せた。
「一昨年の夏、付き合う前にさ。2人でCD交換して、よく聴いてた曲」
遠くを見る目に、僅かに寂しさや悲しみ、何か藍色をした感情が滲む。
あぁ、きっと彼女も……。
そう思ったら、心が先に震えていた。
「わたし、あのCDの1曲目を聴くとさ」
彼女の声が静かに震える。
「……思い出しちゃうんだ。花火見たこと、海行ったこと、学食でふたりで半分にしたうどんとか、コンビニで買ったアイスとか、借りた授業のプリントまで……」
僕は、その全部を知っている。
彼女が思い浮かべたもの、全部をありありと想像できる。
彼女の藍色の感情が、ぐらぐらと揺れていた。思わず引き寄せて、両腕で包む。
その気持ちごと、腕の中に収めて、何もこぼしたくなかった。離したくなかった。手放せなかった。
「胸ぐらっていうか……心臓掴まれて揺すられるような。……楽しかったなぁって」
震える声を聴きながら、いちばんつらかったのは彼女なんだと思い知る。
今はただ、胸の中にある温もりを、しっかり自分の体に刻むことしかできない。
……いや、刻もうとしている自分がいることが嫌だった。
もうすぐ来てしまうかもしれない、彼女が居ない現実を、受け入れようとしているみたいな。