ぼんやりお姉さんと狼少年
第40章 里の特産月の石
時間が時間だけに、目の前の畳張りの道場には、既に人は居ないようだった。
加えて、確か山中さんは独身のはず。
それにしても、いきなりカミングアウトなんかして、頭がおかしくなったと思われたらどうすんのよ。
「二ノ宮、お前ほどの者がどうした。 事故か? 表面が抉られた……刃物、でもないな。 一応ひと通りのものはあるが風呂は体が冷えるし……酒でもかけりゃいいのかな」
明後日の方向に悩み出す山中さんに、注意深くこちらに目を配っていた朱璃様が前に進み出て、二ノ宮くんに小声で聞いた。
「……保、人に戻れるか?」
「今はしんどいっすね、けど少し休めば」
もはや諦めきった表情の彼がそれに答え、山中さんがふ、と安堵したように言う。
「ではとりあえず、ここに布団を引こうか。 私は薬や飲み物などを持ってこよう」
「私、お布団準備します」
ごく自然な流れで、道場の奥にある押し入れを開けてよいしょと敷布団を襖から引っ張り出す。
夏季合宿やなにかで、こちらにはそんなものが豊富にある。
「真弥タオルはそっちにあるか」
「あるよーいっぱい……でなくて」
のほほんと、どうした? じゃないわ。
「あ?」
「なんで動じないの? 山中さんって」
隣で大量の座布団を積み上げている浩二にこそっと聞くと、これ位で驚く方が軟弱なんだよ。 などととよく分からない返事がかえってきた。
浩二だって、割とどうでもいいことに動揺するくせに。
「浩二、ちょっとお願いがあるんだけど」
なんだ。 とこちらに目だけを向ける彼に言う。
「今晩、私たち三人が一緒にいて襲われたってことにしといてくれる?」
「なんで?」
「なんででも」
「…………?」
よく分からんが了解した。 と浩二が片手をあげる。
話すと余計混乱しそうだし、ただでさえややこしいのに。
まず話し合うべきはあの悪い方の奴らのことよね。
うんうんと頷きつつ、私は敷布団を抱えて彼らの元へ戻った。