ぼんやりお姉さんと狼少年
第43章 私たちの牙 後編
………さておき、卓さんが、私の方にぐるんと振り向いてまた目を剥いた。
「なっ!? お、おい!! お前らっあッ!??」
「………いっそ見るに堪えないわね」
言葉どおり私は軽く目を閉じた。
痛すぎて。
私の周りの狼たち、それが一斉に地面にひれ伏している。
「どゆこと?」
二ノ宮くんがボソッと呟いた。
「なんっ!? 何で…だ!!!」
喚く卓さんは置いといて、その場で行き場を無くして足踏みしてる浩二も呆気に取られてる。
「何が起こってる?」
「あのさ。 今の、獣性の強まってる彼らからすると、尚更おれには手が出せないわけ。 前にわざわざ説明してあげたのに」
そう言いつつ、スっと距離を詰めてきた琥牙に反応して三度拳を浴びせようとした卓さんだった。
「この…うっ……ぐ!! ぐああああああああ!!」
膝を軽く曲げて腰を落とした琥牙。
同時にゴキョッとでもいうような、濁った音とともに卓さんが仰け反る。
「────────琥牙。 お前……?」
目を見開いた浩二が小さく呟いた。
残像と、人体が傷付く音、与えられた苦痛の跡。
それしか分からない。
ああ。 そもそも、琥牙には見えてる世界が私たちとは違うんだ。 そう思った。
供牙様。 牙汪。 もしかすると琥牙の父親。
そんな人たちには、彼の感覚を共有出来たのだろうか。
けれども、そんな存在は今生きてる世界の、他に在りようがない。
前に闇の中で垣間見た、孤独過ぎる彼の世界。
琥牙がそこから目を逸らしたがったのはそんな理由もあったのだろうか。