ぼんやりお姉さんと狼少年
第43章 私たちの牙 後編
苦痛のあまり涙を流して地面を這いつくばる卓さんの、膝は逆方向に曲がっていた。
逆方向、というと語弊がある。
「えげつな……膝蓋グチャグチャだぜあれ」
もはや残りの細い骨と皮膚でしか繋がってない。 そんな壊れ方だった。
そしてこの場で平静なのは雪牙くんのみ。
伯斗さんや浩二でさえ、動揺を隠せない雰囲気の中、琥牙が淡々と『作業』をこなしていく。
「野生の動物ならこの時点で終了なんだけど。 一応腕も、もらっとくね」
彼が逆方向に卓さんの手を取った。 その瞬間、さすがに私は自分の目と耳を塞いだ。
「やっ…止めえっああアアアアアア!!!」
そうしていても脳内に入り込んでくる悲鳴が収まり、耳から手を離したときに伯斗さんが口を開いた。
「確かに関節の破壊は完全に戦意喪失させるには手っ取り早いのですが……」
「見た目にも優しいしな! いちお女の前だしよ」
「いや絶対優しくはないだろ……いっそぶっちぎった方がマシじゃねぇの」
「そんなことしたら楽に死んじゃうでしょ」
そう呟く琥牙が、片脚と片腕をほぼ失い、半狂乱に近い卓さんの頭を無慈悲に踏み付ける。
死なない。 ということは、大きな血管や神経は生きてるのだろうか。
痛みにのたうつことさえ許されない。
その琥牙の顔には怒りも笑みもなかった。
そんな彼の様子に、誰もなにも言えない。
「あんたはこともあろうに、おれの伴侶を傷付けたんだよ。 内臓はカラスにでも食べさせようか? その辺の木に吊るしてさ」
「ひぃぃイイっっ!! いやああああああっ」
もう片方の、ガリガリと地面を掻くしか役目のなくなった腕を掴む。
先ほどから言葉も無く竦んでいた二ノ宮くんが、あっ。と口を開きかけた。
背負い投げ、というものではなく単に両手で腕を掴んで持ち上げ、放り投げただけ。
190センチ近い巨体が宙に舞い、仰向けに地面に叩きつけられた。
…………結構な勢いで。
「………………っ!!!!!」
一度ビクンッと身体が跳ねて、卓さんはそれきり動かなくなった。