ぼんやりお姉さんと狼少年
第43章 私たちの牙 後編
「そんな大の男をスルメみたいに」
そう言う浩二に、私たちでも口でなら単独100キロ位は運べますよ。 伯斗さんがちょっとした狼雑学を披露する。
オレだって人姿でも楽勝。 と雪牙くんも妙な対抗心を示してきた。
「大人しくなったね。 野太い悲鳴とか煩いし」
生まれてこのかた、私は人が泡を吹いてるのを初めて見た。
そこに血が混ざってないのは、少なくとも肺は無事だということだ。
おそらく浩二なんかもだろうけど、かろうじて上下している卓さんの胸に安堵した。
「真弥どのが絡むと……怪我の功名というやつですかな」
「伯斗。 なんか言った?」
「とんでもございません」
即答する伯斗さんを一瞥して、ざくざくと琥牙がこちらの方に歩いてくる。
「保くん」
「あっ、ははい!!」
自分の怪我もどこぞと、二ノ宮くんがビシッと立ち上がる。
「これ任せていい? 煮るなり焼くなり……病院連れてくなり。 必要だったらその辺のヤツ使って。 事情は聞こえたよ。 誤解しててごめんね。 で、こんなので良ければまた戻ってきたらいい」
「ッっ!! ありがとうございます!!」
ブンッ! 敬礼みたいに横に振られた尻尾。
彼に最終判断を委ねたのは、琥牙の優しさ……もしくは、面倒臭さからかも知れない。
「真弥」
それを通り過ぎて、まだ地面にへたっていた私に、伸ばされた琥牙の手を見る。
卓さんみたいなグローブみたいなのでもなく、浩二みたいに使いこなされたものでもなく、普通の男性の手だ。
「無茶するよね。 せめておれが来るまで大人しくしてられないの?」
そういや私たち、喧嘩してたのよ。
「無理」
それでつい、冷たく言ってしまったのだけど、その目線の先に泡吹いた卓さんがいて、若干後悔しなかったわけでもない。
だけどあれは、琥牙が悪い。
謝ってくるまで許さないんだから。
そう心に誓い、私はぷいと顔を横に向け、だんまりを決め込むことにした。