双龍の嫁
第2章 風龍
「ほう。 やはりそうか」
そんな風龍の声に固くつむっていた目をそっと開けると、眼下にはもう小さな点としか認識出来ない元の湖がありました。
わたしの目線の位置には疎らに広がる白いもやのような……これは、雲でしょうか。
「震えるな、沙耶。 先ほども思ったが、お前は風の加護を持つ娘のようだ」
「………風の?」
「私が前の妻を亡くしてからもう50年経つ。 永らく花嫁が不在だったため、すっかり痩せてしまった。 そして、こんなに高く飛んだのは久しぶりだ。 そもそも普通の娘なら、このような光景を見るだけでも卒倒している事だろう」
彼の指摘に驚きました。
人は誰も何らかの加護がある、そんな言い伝えは子供への読み聞かせだと思っていましたから。
「けれどわたしは水龍の妻でもあるのですが」
「なんら不思議なことではない。 そもそも風と水は悪い意味では干渉し合わない。 むしろ水面を波立たせそこに新たな空気を送り込む、水は風無しには生きていけない。 水龍はお前にベタ惚れだっただろう?」
その言葉にぽっと頬が熱くなりました。
「沙耶。 お前は本来奔放な女だ」
どこか満足げな表情で、龍がわたしを引き寄せます。
水龍とは別の意味で、彼は心の内が読みづらいと思いました。
透明に近く澄んだ翡翠色の瞳はただ見る者に吸い込まれそうな印象を与えるものの、感情の起伏が分かりません。
「でなければ二つの者の嫁になどなろうとは思わないだろう」
言われてみれば、他のふたりの花嫁は長老のその提案に首を横に振ったと聞きました。
それでこうするしか選択が無いと思い、あの時のわたしはそう決めただけなのですが。