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冬のニオイ

第18章 Face Down:Reborn

【翔side】

抱きついた時の智君からは、マツモトさん、って人の香水の匂いがした。

昨日も屋敷を抜け出してここに来たんだけど、ほぼ一日うろうろして待ってても智君は戻らなかった。
きっとマツモトさんのところに居たんだろうな。
まだ恋人ではない、って言ってたけど、あの人が倒れた智君の看病をしてくれてたんだろう。

彼が信頼出来る人で智君を大事にしてくれるなら、俺はもう、それでもいいような気がした。



昨日は昼寝もしてないし、夜も中々眠れなかったから睡眠不足で、なんだか体に力が入らない。
フワフワして足が浮いてるような感じがしてる。

考えてみれば今の俺は半分ユーレイみたいなもんなんだから、大地を踏みしめる感触が不確かになるのも道理なのかもしれなかった。

自分の身に何が起きているのか、この先どうなるのか。
本当のところは俺自身にも全くわからない。
自分の肉体に戻れる保証もないのに今さら名乗り出たって、智君の人生を乱してしまうだけだ。

大体、こんな話を誰が信じる?
信じてもらえる筈がない。
無理だ。
言えないよ。



せめて、このまま静かに与えられた時間だけ傍に居させてもらって。
魂だけになっても貴方の傍に居られるなら、もうそれで……。

でもキタムラさんから、智君が俺の事故の話を聞いてとてもショックを受けていた様子だった、と聞いて。
倒れた、と知って。
申し訳ない、と思うと同時に、やはり嬉しい気持ちもあった。

どうしたらいいのか、わからない。



「タツオミ、お昼ご飯まだでしょ?
何も無いんだけど一緒に食べよ。
もう上着脱いでいいよ」

開け放った窓を閉めたり、何やらキッチンと行ったり来たりしていた智君から声がかかる。

「はーい」

返事をしながら、俺は画集の隣にあったスケッチブックを取り出す。
そう言えば昔、この人に色鉛筆のセットをプレゼントしたことがあった。
柔らかい色彩の風景画をパラパラめくっていく。

懐かしいタッチ。
一緒に旅行した東北の景色に似た風景がペンで丁寧に描かれていて、淡い色が塗られている。

「タツオミ、食べる前に手を洗って」

「うん、わかったぁ」

背中に掛けられる声を聞きながら、もうちょっとだけ、とページをめくった。


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