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冬のニオイ

第18章 Face Down:Reborn

【翔side】

付き合ってた頃のこの人は、いつも恥ずかしがって自分が描いた絵をなかなか見せてくれなくて。
好きで描いてるだけ、人に見せるものじゃない、単純に自分の楽しみでやってることだから、って言ってさ。
そっち系の仕事に就いたら、なんて俺が勧めてみても笑ってるばかりだった。

自らの才能に全く気付かずに、自分なんて全然大したものじゃない、って卑下する貴方が、俺はずっともどかしかった。
資格や肩書の有無はどうでもいい。
もっと自信を持って欲しかったんだ。

でも、そういう俺の勝手なおせっかいが、貴方を追い詰めてたんだろうね。

いつだったか生徒と話していた時に、同じような話題が出てさ。
やってみたら? って言う方は楽だけど、実際はそんな簡単に出来ることじゃないだろ、努力するのは本人なのに適当なことを言わないで、って言い返されて目から鱗だった。

新しいことに挑戦するのは怖いことだ。
あの時の智君には支えが必要だったんだ。

例え社会の中では名も無き小さな存在だったとしても、貴方は俺にとっては誰よりも大切な人だ、って。
居てくれるだけでいいんだ、って。
どうして言ってやれなかったんだろう。

挙句の果てに、俺は貴方の不貞を疑った。

……こんな俺よりも、あのマツモトさんという人の方が余程大人で、きっと智君を大事にしてくれる。



思考が流れるままにスケッチを眺めていると、一際鮮やかな桜色が目に飛び込んで来た。
ピンクの濃淡で埋め尽くされた絵の中に、背景に溶け込むように人影が見える。

見覚えのあるフェイスライン。
若かった頃にしていた、襟足長めでパーマのかかった髪型。

これは、もしかして、俺?

思いがけなくてマジマジと見入っていると、智君の声が響いた。

「ほら、翔くん!! スープが冷めるっ」

あ、まずい。怒ってるかな?

「はーい、いまいくっ」

智君は滅多に怒らないけど、一旦怒ると機嫌が直るまで意外と時間を要するのを思い出して、俺は慌てて立ち上がった。

振り返ると、俺を見ている智君と目が合う。
今にも泣きそうに目を潤ませて、引き結んだ唇を前に突き出してた。

え?

「さとしくんっ、どうしたのっ?」

驚いて駆け寄り抱きつくと、智君は体をかがめて俺を抱きしめてくれて。
はぁ~、って大きく息を吐いてから、何でもない、って。

潤んだ瞳で微笑んだ。


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