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冬のニオイ

第19章 negai

【潤side】

それとも、何もかもわかっていて、すっとぼけているのだろうか。

「もしかして俺のこと、馬鹿みたいとか思ってますか?」

「いいえ、そんな風には思っていませんよ」

強く聞こえないように気をつけて口にしたけれど、岡田氏の方では全く動揺した様子もない。
憎らしいほどに落ち着いている。

「では教えてください。
あなたはこの件をどうお考えなんでしょうか」

ここまで言ってようやく反応があった。
岡田氏は頬杖をついていた腕をほどいてテーブルの上で両手を組み直すと、俺を真っ正面から見た。

「どう考えているか……。
そうですねぇ。
松本さんの本当の望みはなんだろうか、と考えています」

「はい? 僕の望みなら言いました。
大野さんが傷つかないことです」

「ご自身の大野への気持ちは?
報われなくとも良いのですか?」

「それは……すみませんが、俺とあの人の問題です」

「そうですね、仰る通りです」

また、ウンウンと何度も頷いた。
それから穏やかな口調を変えずに続ける。

「櫻井と大野とのことも、彼らの問題ですね」

「っ……それは、わかっています」

痛いところを突かれて思わず彼を睨んだが、岡田氏は全く気にする様子もなく微笑んでいる。

 「そうですよねぇ、あなたは、ちゃんとお解りでいらっしゃるんですよね。
ですから、私たちに出来ることは何もありません。
せいぜい見守ることくらいですかね」

信じられない発言に、俺は呆れて絶句してしまった。
黙って彼を睨んでいる俺を気にする様子もなく、彼は落ち着いた口調で話しを続ける。



「実はね、松本さん。
大野とは、昨年の御社のパーティーで僕も顔を合わせているんです。
会うのは10年以上ぶりぐらいだったので、変わっていない姿を見かけて嬉しくなってしまってね。
つい深く考えずに声をかけたんですが……。
僕が今、櫻井と一緒に仕事をしていると言ったら、大野に逃げられましてねぇ。
申し訳ないことをしてしまったと後になって思いました。
二人のことに迂闊に触れるべきではなかった。
あの場で僕が声をかけたりしなければ、二人は直接顔を合わせたかもしれなかったのに、邪魔をしてしまいました」

岡田氏は一瞬目を伏せてから、淋しそうな顔で少しだけ口の端を上げた。


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