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冬のニオイ

第20章 誰も知らない

【翔side】

白い霧が一面に出ている。
田舎の小さな駅、単線のホームで。
俺は智君とお揃いのコートを着て、線路の先を見定めようとしてた。

けれども白い霧が煙幕のように立ち込めてて、左右に首を振ってみたところで列車の影もなく、また線路の行方も見えない。

白い、白い世界。

「お兄さん、あの人のこと、諦めてしまうの?」

背後にある待合スペースからタツオミ君の声がかかる。

俺は返事も出来ずに俯いた。

智君が俺のことを知って倒れた、って聞いた時、息も出来ないような胸苦しさに襲われた。
呼ばれもしないのに過去から突然現れた俺は、あの人の生活を乱すだけの存在なんだと突きつけられた気がした。

あの人は今、立派な仕事にも就いているし、大事にしてくれる人も傍にいてさ。
穏やかに暮らしていたところに突然俺が現れて、しかも生きてるのか死んでるのかもハッキリしない。

「……もういいんだ」

小声でボソボソ言ったのに、タツオミ君にはちゃんと聞こえたらしい。

「何がいいの?」

「あの人が元気で暮らしてることがわかったし、笑顔も見られた。
抱きしめてもらったし、優しくしてくれた。
もう一度会いたい、て願いは叶ったよ」

はぁ、とタツオミ君が溜息を吐くのが聞こえた。



待合所のベンチに二人並んで座る。
申し訳程度に天井に一本取りつけられた古い蛍光灯から、ジーッという音が小さく聞こえていた。

「お兄さん、今から言う事はきっと理解が難しいと思うんだけど……大事なことだからようく聴いてね」

タツオミ君が膝に置いた俺の手に、自分の手を重ねて言う。

「人間としてこの世を生きるという体験は、とても複雑な仕組みから成り立ってるの。
沢山の魂が人間体験を送りたいと願ってる。
いろんな条件が必要だから、そうしようと思ったら誰でもできる、ってものじゃないんだよ。
とてもデリケートで複雑なシステムなの。
……僕はね、前回の人生でやり残したことがほんの少しだけあって、それを解消するためだけに今回生まれてきた。
だから、最初から7歳でこの肉体を離れることが決まってたんだ。
長く生きてしまうと、その分またカルマが発生しちゃうからね。
……でも、今回僕の体に丁度マッチする魂が他にも居て、そっちの魂は逆に子供時代を送る必要がなかったの」

小さな子供に教え諭すように、優しい顔で彼は続けた。


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