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冬のニオイ

第21章 Tell me why

【准一side】

二人並んで座ったベンチでゆっくり煙草を一本吸う間、大野は無言で櫻井からの手紙を読んでいた。

淡いブルーの空は遠くまで高く澄んでいて、所どころに小さな雲が浮かんでいる。
冷たい風に晒された鼻の頭と耳が痛い。
煙草を吸っていなくても、普通に吐く息が白く見える。
寒波が来ているとかで、晴れているのにチラチラと風花が舞っていた。

歩きながらポツリポツリとお互いの近況を話したが、寒くて会話はあまり弾まなかった。
もっとも大野は元々あまり喋らないタイプで、俺は昔からこいつとは一緒にいるとボーッと空ばかり見ていたことを思い出す。

さみぃな、あちぃな、と年寄りのように天気のことを言いながら、いつも同じ場所に二人並んで座っていたもんだ。

不思議と気が合って。
離れたところから踊りの練習をしてる奴らをなんとなく眺めていても、思わず笑ってしまうツボが同じだったり。
ちょっと気になって見てしまう方向がいつも同じで。

主語なしで呟くように喋っても、大野からはちゃんと返事が来て会話が成り立っていたから、バンビがよく焼餅を焼いて割り込んで来たものだ。
昔からずっと、あいつはこの男にベタ惚れだった。



今、10年以上も昔に自分が付き合っていた同性の相手からの手紙を、大野はどんな気持ちで読んでいるのだろう。

本来なら一人にしてやりたいところだが、バンビの事故のことを知って倒れたと聞いたから。
念の為、傍らに居た方が良いかと思い、俺は野暮なことに大野の隣に座っている。

時折、小さく鼻をすする気配がするのみで、大野は全く声を立てない。
フィルターのギリギリまでタバコが灰になったところで、首だけ捻って隣を見た。

大野は、静かな顔で滂沱と涙を流していた。

ああ、美しいな、と思う。

慈悲深い観音菩薩のようだ。
全ての感情を超越してる。

「……どうする? 会いに行ってみるか?」

問いかけると小さく頷く。

声を出さずに唇だけで『しょおくん』とバンビを呼んで、便箋をそっと胸に押し当てた。

差し出した紙袋からコートを取り出すと感慨深げにしばらく眺めていたが、それまで着ていたコートを脱いで袋から出したものと取り換える。

俺をしっかり見て、ありがとう、と言った。


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