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冬のニオイ

第21章 Tell me why

【准一side】

大野の含羞んだ笑顔を10年以上ぶりに見て、俺は思う。
そりゃぁ、バンビが惚れるわけだよ。

強くて弱い、山奥でひっそりと咲く稀少植物のようなヤツだ。
その美しさに気づいたら、自分だけのものにして閉じ込めておきたくなる気持ちはわかる。



前もってキタムラさんに連絡しておいたから、病室に入る前に大野は簡単な診察を受けることになった。
問題なしとのことで、ハマダ家が用意してくれたVIP向けの病室へ入る。

緊張で青い顔をしていた大野は、ベッドに横たわるバンビの姿を見て口をキュッと引き結んだ。

様々な機械が並んではいるが、聞こえる電子音は規則的で切迫感はない。
管だらけというわけでもなく、見た目にもそれほど痛々しい姿はしていないのが救いだった。

顔にあった傷も癒えて、額に貼られた白い傷あてのパッドだけが前髪の間から覗いている。

「綺麗な顔だろ?
髭が伸びてきちゃうからジーザスみたいだけどな(笑)。
眠ってるのと変わりない状態なんだそうだ」

俺が言ってるのには答えずに、大野は櫻井の枕もとにゆっくりと足を進めた。
抱きしめるように静かにそっと覆いかぶさって、それきり動かない。

しばらく二人きりにしてやろうと、俺は黙って病室をあとにした。



小一時間ブラブラしてから病室へ戻ると、陽が陰って薄暗くなった部屋で、大野は明かりもつけずに見舞客用の椅子に座っていた。
泣き腫らした頬が赤い。

買って来たホットのココアを差し出しても反応がないから、傍まで行ってしゃがんだ。
手を取って缶を握らせると、ゆっくり顔を上げて俺に言う。

「岡田っち。翔くんはどうして目を覚まさないの?」

頑是ない子供みたいな口調だった。

「……どうしてなんだろうなぁ」

「オイラ考えてることがあるんだけど……。
でも、わかんないんだ。
頭がおかしいと思われるかもしんない」

「ん?」

手の中で開けないままの缶を弄びながら、大野は続けた。

「タツオミ君っているだろ? 会ったことある?」

「ああ、バンビが庇ったっていう男の子だろ?
会ったことはあるけど、どうかしたか?」

俺は立ち上がって、離れたところに置いてあったパイプ椅子を持って来る。
大野の隣に腰を落ち着けると、意外な言葉があった。

「あの子、中身は翔くんだと思う」


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