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冬のニオイ

第22章 YOUR SONG

【潤side】

「お待たせしてしまい申し訳ございません。
設計を担当しております大野と申します」

そう挨拶をしながら販売事務所に智が入って来た時、自分の顔が一瞬強張ったのが分かった。
智は俺がプレゼントしたものとは違うコートを着ていた。

売約済みのお客様より間取りの変更について相談したいとの要望があって、構造上の問題もあるから智に同席を依頼したんだけど。

打合せ自体はスムーズに進んだものの、俺は隣に座った智が椅子の背に掛けたコートが気になって、営業モードを維持するのに努力が必要だった。

「急にお呼びたてしてしまってすみません。
大野さん、お休みされてたそうですが、体調はどうですか?」

お客様の車が敷地を出ていくのを二人並んで見送って、事務所へ戻りながら、やっと智に声を掛ける。
今日は俺の上司も同席していたから、プライベートでの関係を匂わせる会話は出来ない。

「ああ、もう大丈夫です。
松本君、色々とありがとうございました」

「そのコート」

小声で言いさしたところに上司の声が掛かる。

「大野君、良かったら送るよ。
オタクの近くで打ち合わせの予定があるから、乗って行ったら?」

「あ、でもご迷惑じゃ……」

「いや全然。
通り道だし、移動時間がもったいないだろ。
オタクの社長にも会いたいしな。
急かして悪いが、すぐ出られるか?」

「あ、はい。助かります」

「課長、少しだけいいですか?
僕の方で大野さんにちょっとお話がありますので」

「おお。じゃぁ大野君、先に乗ってるから」

上司が車に乗ったのを確かめてから、ちょうどコートを手に取った智を見つめた。

「あの、松本君、この間はありがとう。
ちゃんとお礼もしてなくて申し訳ない」

なんだ?

困ったような顔で言う智の言葉に距離を感じた。
何かおかしい。

「そんなのいいよ。
病み上がりなんだから無理したらダメだよ」

「うん……ありがとう。
あの、これ、戻って来たんだ。
同じ、コート着てた人、と、取り違えが……」

「……そう。
櫻井さんのお見舞いには行けたの?」

「あ……あの、潤」

智は言い難そうに何か伝えようとしてた。
でもそこで、せっかちな課長が外でクラクションを鳴らす。

「ああ、ごめん、行かないと。
またね。
図面が焼けたら連絡する」

結局、何も話せなかった。

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