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冬のニオイ

第22章 YOUR SONG

【潤side】

社に戻ってから自分の机で一人ぼんやり考えていた。
一応仕事をしているテイでPCの画面を眺めていたけど、心を占めていたのは智のことだった。

智は櫻井さんのお見舞いに行って、どう思ったんだろう。
きっと、昔のことを想い出したりしたんだろうな。
かつて愛してた人が意識不明の状態で目覚めないのを目の当たりにして、気持ちが動かないヤツなんているのだろうか。

もしも俺だったら?

もし俺が昔愛してた人に会ったらどうするだろう。
好きなままで、やむなく別れた相手。

諦めきれずに何もなかったように振舞ってはいるけれど、俺は、あの晩ハッキリと智には断られている。
智の中で終わっているのは櫻井さんのことじゃなくて俺の方なのかもしれない。

「っていうか、そもそも始まってもねぇし……」

口に出したら虚しくなってきた。

敵わないような気がする。

自分で吐いた溜息がかなり大きくて、顔を両手で覆った。



「おい、松本」

「っ! ハイッ」

慌てて辺りを見回すと、電話の受話器を耳に当てた部長が呼んでいた。

「社長がお呼びだ。手が空いてるなら、すぐ行ってくれ」

「ハイッ」

取り急ぎ社長室へ向かった。



移動中、俺、何かヘマしたか? と最近の売り上げなんかを思い返してみた。
ウチは社長と社員の距離が比較的近い会社だから機会があれば世間話もするけれど、呼び出される心当たりがない。
緊張しながら行ってみれば意外にも配置換えの打診だった。

本来なら社長から直々に伝えられる話ではない。
聴いてみれば東北支店への異動で、転勤になるから気を遣ってくれたらしい。
内容的には栄転と言って良かった。

国産木材を使った在来の注文住宅を専門に扱う部署があって、材木問屋との付き合いが重要だから東京の本社ではなく東北支店がメインになって動いている。
出世コースだ。

「知っての通り、今の部長連中は全員東北支店で叩き上げて来てる。
松本も年齢的にそろそろ良いかと思うが、どうだ?
イケメンが東北弁を話すのを是非見たいもんだ」

想像するだけで楽しいな、と言って社長はガハハッと笑った。

「とても有難いお話です。
大事なことですし、少し考える時間を頂けますか」

「おう! 4月からの心づもりで頼むな」

栄転なのだから、こう返答するしかない。

転勤……。



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