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冬のニオイ

第22章 YOUR SONG

【潤side】

そのまま社長室で雑談になり、ご家族の話が出た。
流れから結婚の話題になりそうだと感じた俺は、話題を逸らすためのネタを探す。
ふと思いついて岡田氏のことを口にしてみた。

「そう言えば先日、岡田准一さんとお話しました」

「へぇ、そうか。なんでまた? 受験生の親戚でもいるのか?」

「いえ。ちょっとしたご縁で。
あの方は設計の大野さんの友人なんだそうですね」

「ああ、そうらしいな。どこで繋がるか分からないもんだ。
あそこは本当に親身になって生徒を見てくれる。
ウチでは息子が世話になったから、お客さんを紹介したくてパーティーにご招待したんだが。
あのホテルに来ていなければ、櫻井先生の事故は起きなかったかもしれないと思うとなぁ……」

本心からそう思っているらしく社長の表情が翳る。
確かに櫻井さんの事故はパーティーの翌日に起きたけど、ホテルと何の関係があるんだろうか。

「どういう意味ですか?」

「岡田先生の話だと会場に遣ったホテルに用があって出掛けたんだと。
なんでもクロークに預けたコートの取違いがあって、他人のコートを持ち帰ってたんだそうだ。
たまたま全く同じコートのお客さんが居たらしい。ホテルのミスだよ。
持ち主が困っているだろうから、って返しに行く途中で事故に遭ったと言っていた」

「え……そう、なんですか」

それじゃぁ、智のコートが間違って櫻井さんに渡ってたのか?

「まったく同じコート……」

つまり、2人で揃いのコートを着てた?

俺は智が着ていた年季の入ったコートを思い出す。
大トラに酔っ払いながらも、失くした、って何度も言ってた。

『うん……ちょっとね、頂き物だったから』

確か智はそう言ってなかったか?

「塾の方も櫻井先生が不在で大変らしいよ。
せっかく人を紹介してもらったのにスグにはお引き受けできないと謝罪があった。
気の毒になぁ」

「そうですね……」

相槌を打ちながら、内心で何かが崩れたのを感じていた。

恐らくあのコートは櫻井さんからのプレゼントだ。
しかも2人お揃いで着てた。
だから智はあんなに失くしたのを残念がってたのか。

別れてから10年もの間、お互いに相手を想って毎年同じコートに袖を通してた?

なんだよ、それ。

俺の中で崩れたのは、もしかしたら智に愛してもらえるかも、という願いだった。

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