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冬のニオイ

第23章 サーカス

【智side】

「どうもお世話様でーす」

声を掛けながら入って来たのは潤だった。

「潤、お疲れ様」

「やっぱりね。灯りがついてたから智だと思った。
社長は?」

「明日ゴルフだから、今日は早めに上がったよ。
何か用だった?」

潤はイヤイヤ、と手を振って否定すると、勝手知ったる様子でオイラが作業台にしてるテーブルまでやって来る。

「訊いてみただけ。
相変わらず在来の注文しか描かないんだな、と思って。
どうせまた全部智にやらせてるんだろうから、居残りしてるかな、と思って寄ってみた」

ああ。
建売は自分の仕事じゃないと思ってるんだろ。

オイラは口に出かかった言葉を飲み込む。
設計の先生なんて言われてると、そんなふうに偉くなっちゃう人は珍しくない。
けど、クライアントの前で言っていいことじゃないし。

「え、っと、コーヒーならすぐ出せるけど、飲む?」

「お、いただきます」

潤がそのままテーブルについたから、オイラはキッチンへ移動する。
距離が近いから会話はそのままだ。

「今週はいろいろ無理言って申し訳ない。
もしかして、ずっと残業続きだった?」

「ん~、まぁ」

「実は今さっきまた1棟決まったんだ」

「お~おめでとう、凄いじゃん!
社長賞もらえるんじゃない?」

「かもね。俺、残念なことに期待の星だから」

キッチンから戻ってカップを目の前に置く。
テーブルの長手に潤が座ってたから、オイラも短手に、L字の形で座った。

「しばらく忙しくなりそうだけど、よろしくお願いします」

言って、潤はペコリと頭を下げた。

「とんでもない。
こちらこそ、よろしくお願いいたします」

オイラも合わせて丁寧にお辞儀を返す。
二人で目を合わせて、ふふっ、と笑った。

それから、仕事の話の続きみたいに何気なく潤は言った。

「ねぇ、例の櫻井さんのお見舞いには行ったんでしょ?
どうだった?」


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