テキストサイズ

冬のニオイ

第23章 サーカス

【潤side】

テーブルに置いてあった智のスマホに着信が入る。
けど、智は動かない。

「電話、出なくていいの?」

見つめ合ってるうちにバイブが止まる。

「俺、マジで言ってるんだけど、今からホテル行こうよ。
この辺りはラブホしかないけど、智はそういうの気にしないでしょ?」

「潤……無理だよ……出来ない」

絞り出すように智が言った。

「なんで? 櫻井さんに悪いから?
だからぁ、そんなの今更だって。
10年以上もずっとただ一人を想ってた、なんて純愛みたいだけど。
でも、その10年の間、いろんな男とやってきたんだろ?
あなた、そういう人なんだから」

俺の言葉に智は一瞬ショックを受けた顔をして。
それから、自分の表情を隠すように俯く。



わかってるよ。
多分今の俺は、あの時のあなたの気持ちが誰よりもわかる。

あの晩、酔ってふにゃふにゃ笑って。
俺にはただ可愛いだけだったけど、あなた、本当は泣いてたんでしょ?

求めても求めても、決して得られない相手。
どんなに会いたくても会えないから、いっそ故意に自分を貶めて、もう二度と相手の前には立てないように汚してたんだ。

諦める理由にしたかったんだろ?

俺もね、もうあなたに顔向けできないくらい酷いことをして、線を引くことにする。



「櫻井さんの意識が戻っても、以前と同じようにはならないんじゃない?
あんたのことだから、きっと自分を恥じるよ」

やめてくれ、って懇願するみたいに、智はただ何度も首を振ってた。
俺は立ち上がって智の背後に回り、静かな口調を意識しながら続ける。

「俺ならいつだってあんたを抱いてやれる。
便利に使ったらいいんだ」

智が座ってた椅子の背もたれを握って、自分の方へ引き寄せた。
椅子の脚にコロコロがついてるから簡単に動く。

驚いて振り返った智は慌てて立ち上がり、動いた拍子にテーブルの上にあったスマホと図面を落とした。

逃げるように俺から一歩下がるから一歩近づく。
ゆっくり手を伸ばして頬に触れた。
撫でながら、この間車の中でしたみたいに顔を近づけていく。
ハッと気づいた智が腕で顔を隠した。

「潤、だめだから……お願い……」

構わずに顔の前で交差してる腕を掴んで、無理に引き寄せる。

「っ! 潤! 嫌だっ!!」

抵抗されて、もみ合いになった。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ