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冬のニオイ

第25章 愛を歌おう

【智side】

すーっ、すーっ、と深い寝息を立てている翔くんは、微笑んでるように見えた。

幸せそうに笑ってる、と思ったら愛しくて。
小さな子供の姿なのも余計にいじらしい感じがして。
これ以上お店の中で騒げない、と思いながらオイラは涙ばっかり出て来る。

子供を持ったことはないけど、我が子が愛おし過ぎて涙が出る親の気持ち、ってこんな感じなんだろうか。
こんなに小さな体でオイラに会うために何度もお屋敷を抜け出して、たった一人で会いに来てくれてたんだ。

膝の上に横抱きにして額にかかる前髪を撫でながら、愛しさが止まらない。

やがてキタムラさんが迎えに来てくれた時も、オイラはどうしても翔くんを離すことが出来なくて。
そんなオイラを、キタムラさんは向い側に座って辛抱強く待っててくれた。

「いろいろお話は出来ましたか?」

「……はい。やっと話せました」

「ぼっちゃん、幸せそうなお顔をなさって……」

「ふふっ、可愛いですよね……。
すみません、もう少しだけ、このまま……」

何度かお願いしながら20~30分も経っただろうか。
腕の中の翔くんが窮屈そうに身じろぎして目を覚ました。

「翔くん?」

呼びかけると寝ぼけているのか不思議そうな顔でオイラをボーッと見て、それから、ゆっくり周りを見回す。
キタムラさんに気がついて彼に向かって手を伸ばした。

「ぼっちゃん」

近付いてきたキタムラさんが子供を抱き上げる。
抱っこされた状態で口元に指を持って行くと親指をしゃぶり始めた。

「ぼっちゃん、大野さんですよ」

『わかんない』

子供は翔くんとは違う発声で言って、キタムラさんの肩を埃を払うように撫でた。

「先日、大野さんのマンションでスープをご馳走になったでしょう?
キタムラの代わりにぼっちゃんを預かってくださった方ですよ」

ちょっと考えてから、ああ、わかった、って顔でキタムラさんの腕から滑り降りる。
寝起きでヨロヨロしながらキタムラさんの後ろに隠れるみたいに立って、オイラに『こんにちは』と言った。

「タツオミくん、こんにちは」

はにかんで笑う顔は、もう、翔くんではなかった。



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