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冬のニオイ

第26章 素晴らしき世界

【翔side】

先ほどまで色鮮やかだった窓から見える景色も、急に夕日に照らされたような色合いを帯びて、ぼやけて曖昧なものに変わってる。

近くの席の老人の会話が耳に入ってきた。

「やれやれ、それにしても長かったねぇ。
ようやく戻れると思うと感無量だ」

「まったく、私なんて長患いだったから、最期は随分と苦しかった。
やっとベッドから解放されたよ」

「皆似たようなもんですよ。
こればっかりはなかなかね。
自分の好きなタイミングで行けるものでもない。
日頃の行いなのかねぇ」

「今は何もかも楽になって、何と言うか、清々しいね」

「うん、本当にせいせいした気持ちだわ。
もう、背負っているものは何もない。
とにかく軽い。
絆、なんて言うと聞こえは良いですが、結局は重しに違いない」

「確かにそうだ。
愛おしい重しではありましたがね」



絆。

重し。



俺は呆然と老人たちの会話を反芻する。

通路に立ち尽くしている俺に気づいたご老人の一人が、会話の途中で、おや?という風に俺を見た。

「あんた、まだ早いんじゃ……」

「えっ?」

突然話しかけられて、俺は間抜けな返事をした。

俺に話しかけてきたお爺さんは、向かいに座っていたもう一人のお爺さんに同意を求めるように言った。

「この人、間違っとるんじゃない?」

「あ~、透けとらんね、まだ」

向い側のご老人が俺を上から下まで眺めて頷く。

「兄ちゃん、あんた、まだ重しがついとるがね。
次の駅で乗り換えが出来るから、一旦降りてようく考えるといいよ。
戻るなら降りな」

「おや、詳しいんだね。
そんな駅があるのかい?」

訊かれたお爺さんが訳知り顔で頷く。

「実は私、二回目なの。
若い頃にね、手術で一回心臓が止まっちゃった。
その時によだかで乗り換えたんだ。
医者が何度も何度も呼んでくれたお陰だよ。
ありゃぁ、素晴らしい先生だった」

「よだか?」

尋ねた俺にお爺さんはウンウンと頷いて、駅の名前だよ、と教えてくれた。
もう一人のお爺さんが俺をシミジミと見て微笑む。

「あんたぁ、まだお若いんだし、戻れるなら帰るのも悪くない。
私なら戻らんけどな。
あんな大変な思いは当分ごめんだ」

「俺もだ。早くばあさんの顔が見たいよ」

お爺さんたち二人は顔を見合わせて、ガハハハッと笑った。


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