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冬のニオイ

第26章 素晴らしき世界

【翔side】

列車が停車すると同時に、ドアを手で押し開くようにしてホームへ出た。
「よだか」と書かれた駅名の表示が屋根から下がっている。
普通は一つ前の駅名と次の駅名も表示されている筈なのに、書いてない。

「よだか」というのは、あの童話の「よだかの星」か?
自分自身を受け入れられずに、絶望して星になろうとした悲しい鳥の名前だ。

いつだったか夢を見たことがある。
誰か……多分俺の大切な人が、自分も星になる、って言って。
あれは誰だったか……。



人でごった返すホームでは、聞き取れない言語のアナウンスが流れていた。
何と言っているんだろう。
解らない。

向い側のホームに停まっている列車の車体に、オリオン座のマークがついているのを横目に見ながら、とにかく人を除けるようにして階段を駆け登る。

各ホームへ通じる跨線橋へ出て。
時刻表や案内板を探して左右を見渡し、俺は呆然としてしまった。

右側にも左側にも延々とホームがある。

人々は皆、目的をしっかり持っているようで、足取りに迷いがない。
立ち止まっているのは俺だけだ。

『翔くん……やっと迎えに来てくれたと思ったのに……どおして……翔くん……』

人波の中で、さっきから聞こえている声だけが、しっかり頭に響く。
いや、頭じゃない。

胸に。

ハートに。

指に。

この声の主を想うだけで、泣けてきそうに心臓がジンジンするんだ。
指先が、きゅうっと痺れるように痛む。



とにかく駅員を、と思ったが、何故だか早く別の列車に乗らなくては、と気持ちが焦って来た。
誰か話が出来そうな人、と考えて、さっきまで乗っていた列車のお爺さんたちを思い出す。
俺は急いで登って来たばかりの階段を駆け降りた。

が。

先ほど降り立ったホームへ戻ると、あの列車はもう影も形もなかった。

「嘘だろ……」

思わず独り言ちたとき発車のベルが鳴り響く。
向い側のホームに停まっていた列車が出るらしい。
俺は考えもまとまらないのに、取りあえず閉まりかけるドアの向こうへ飛び込んだ。

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