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冬のニオイ

第27章 Asterisk

【翔side】

風にあおられて身体が反転する。
背中から落ちながら夜空の星を眺めていた。

耳の脇で風がごうごうと鳴って。
落ちる感覚がずーっと続いているのに、同時に下から上昇するエネルギーも感じる。
竜巻のように俺を取り巻く渦が、二重の螺旋を描いていた。

その渦の中で、頼りない風船のように自分が浮いている。
自分の体から白っぽい銀のような紐が伸びて、下の方へ続いてた。

俺は浮のように頼りなく揺れる。
対極のエネルギーに囲まれているうちに上下の感覚が失われていった。
どっちが上なのか、下なのか、もうわからない。
ただ、白銀のコードが伸びている方向が、多分下なんだろうな、と思う。

きっと凄く高いところに居るんだろうに、何故、怖くないんだろう。
星しかない世界なのに、どうして風の音がするのか。
びゅうびゅう、ごうごう、って。
耳鳴りみたいにずっと聞こえてる。

ああ、宮沢賢治みたいだな。
風の又三郎だ。
俺は賢治みたいに信仰を持たないから、こうしてただ、果敢なく揉まれているしかない。



『お兄さん!
アンカーをしっかり意識して!!
まだコードは肉体と繋がってる。
まだ体に戻ってやることがあるんでしょう!?』



列車に乗る時に駅で一緒に居た青年が呼びかけている気がした。

アンカー? って、船の錨?

でも俺、下は見たくないよ。
高さがわかると怖いだろ?
それなら遠くの星を見てる方がいい。

ほら、あそこに「よだかの星」がある。
あの星まで行けたら自由になれるんだ。
もう関わらなくていいんだ。

人を陥れたり。
騙したり。
見下して。

思う通りに操ろうとする奴らばかりだろ。
そんな掃き溜めに、何で戻る必要がある?
肉体の外はこんなに自由なのに。

この紐さえなかったら、あの星まで行ける。

落ち続けながら。

昇り続けながら。

走馬灯ってやつなんだろう、次々に再現されてくる映像を感じてた。

この世で初めて目を開けた時の刺すような白い光に始まり、人生のターニングポイントになっていたらしい様々な出来事が次々に流れて行く。





祖母の家。

お宮参り。

嘘をついて父に叱られたときのこと。

母とケンカしてマウントを取られたこと。

犬が欲しくて隠れて見ていた図鑑。

踊るあの人。

羽があるみたいに空中で止まって見えた。





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