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冬のニオイ

第29章 LIFE

【智side】

「翔くん、キタムラさんが明日、送りの車出すのに
って言ってたよ。
断ったけど、ほんとに良かったの?」

「いいんだよ。
そこまで甘えられないし、久しぶりに街を歩きたいから」

病室に入るなりベッドに半身を起こしてオイラを抱きしめてきた翔くんが、お腹の辺りでもにょもにょと返事をする。

早々と退院の支度を済ませてしまったらしく、ベッドの脇には大きな旅行用のトランクと段ボールが積まれていた。
元々、事故で入院することになったんだし、荷物は少なかったはずなんだけど、生徒さんから頂いた千羽鶴とかも全部持って帰るらしい。

結構な量だけど家に置くスペースはあるのかなぁ。
翔くんによると住んでるのは普通のマンションだって言うんだけどね。
退院したら遊びに行くことになってるんだけど、初っ端から片付けになったりして(笑)。

「具合が悪くなったら、すぐ連絡してね。
って言うか、オイラも明日ここに来たい。
翔くんちには病院から一緒に行けばいいじゃん。
どうしてもダメ……?」

明日、翔くんの退院の際には荷物持ちするから、って何度も言ったのに。
翔くんはどうしても待ち合わせがしたいんだって。
あのカフェでオイラともう一度待ち合わせして、そこからやり直したい、って。

「そんな可愛い顔しないで。
俺の我儘だから、ごめんね。
智君は先にお店で待ってて」

「ん~……」

オイラの考えだと、待ち合わせしなくても二人で一緒にお店に行けばいいような気がするんだけど……。
あんまり賛成していないのに気付いた翔くんが、体を離してオイラを見つめる。

「新しい出発の記念日にしたいんだよ。
ちゃんと大人の俺で貴方を迎えに行きたいの。
もう体力は戻ってるし、少し歩いて運動しなきゃ。
ちゃんと気をつけるから心配しないで。
いいでしょ? ね?」

あやしいなぁ……。

本当はもっと体力が戻るまで入院してた方が良いって言われたのに、翔くんが早く退院したい、ってきかなくてさ。
まぁ、オイラのせいかもしんないけど……。

「……わかった」

仕方なく了承しベッドに腰掛けると、翔くんの唇が近づいてくる。
油断も隙も無い。

「ちょ、ダメ」

オイラはプイッと顔をそむける。
はぁ、と翔くんが溜息を吐いた。


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