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冬のニオイ

第29章 LIFE

【智side】

「まだ駄目?」

オイラはなるべく翔くんの目を見ないようにしてうつむく。

だって、いつ誰に見られるかわかんないじゃんか。
病室に鍵はあるけど、二人きりで施錠してたりしたら、翔くんのお母さんが来た時にあやしむだろうし。
心配なさるでしょ……。

「10年ぶりに運命的な再会を果たした恋人とまだキスも出来ないなんて……。
あぁ、俺ってかわいそうな男……はぁ~……」

う。

わざとらしくまた溜息を吐いて、上目遣いでオイラに訴える。
こうやって可愛くオネダリすれば、オイラが折れるって知っててやってるんだ。
この顔も大好きだけど、でも……。

「だって、恥ずかしいし……」

目を合わせないまま言い訳していると、自分でも唇が尖ってくるのがわかる。
多分、翔くんが退院を急いだのは、このせいもあるんだろうなぁ。
翔くんが目覚めてから、オイラ達は唇へのキスを一度もしていないから……。

恥ずかしいのは本当だよ。
誰かに見られたら困るとか、特に翔くんのお母さんには心配かけたくない。

でも本音を言えば、ちょっと怖いんだ。
流れでソッチの方へ行ったら、翔くんがどう思うか。
昔のオイラとは違うから。

嫌われる、とは思わないけど……がっかりされたくないんだもん。

ふっ、と翔くんの目が優しく歪んで、目尻に皺が出来た。

「いいよ、ゆっくり行こう。
付き合い始めた頃みたいに、また、キスから始めればいいんだ」

「……ん、ありがと」

翔くんがオイラの手を握る。

「愛してる」

「ふふっ、オイラも……」

笑って見せたら、翔くんも嬉しそうに口角を上げた。
あ〜、この顔も大好きだ。
ふふっ。

「明日もそのコート着て来てね」

「うん」

病室に備え付けられた戸棚の取っ手には、オイラとお揃いの翔くんのコートがハンガーごと掛けてある。
それをチラッと眺めてから、オイラは翔くんの背中をぎゅっと抱きしめた。


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