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冬のニオイ

第30章 Baby blue

【潤side】

階段へ通じる鉄扉が開く音がした。
手入れが悪いから誰かが開ける度にキイキイ軋むんだ。
前から気にはなってたんだけど、次にいつ戻って来られるか分からないし、最後に油を差しておこうかな。

そんなことを思いながら反り返ったままで首だけ捻って見ると、誰かがドアのとこでしゃがんで何かやっている。

「あ!」

中居さんだ。
気がついたと同時に声が出た。

「あれ? 松本君じゃん、何やってんの?」

「何、って、中居さんこそ何してるんすか」

俺は慌てて彼に駆け寄った。
この人は青森で俺の上司になる人だ。
まだ若いのに次の部長になる人だ、って噂されてる。
会議があってコッチに来てるのは知ってたけど、挨拶するタイミングもなくてアッチに行ってからにしようと思っていた。

「何って、見りゃわかんだろ、油差してる。
こういうのは気がついた時にすぐやらないと、結局いつまでも放置になっちゃうからな。
モヤモヤするし、かわいそうだろ」

かわいそう、って。
面白いことを言う人だ。

「っていうか、俺やります。
すみません、ご挨拶が遅れて。
4月からお世話になります」

「あ~、いい、いい、そういうの。
異動の挨拶ならこの間電話で聞いたよ。
俺さぁ、こういうの手入れすんの好きなんだ。
自転車とか、グローブとか。
あっちでは暇さえあれば現場でチェーンソーのメンテとかやってんだ。かっけぇべ?」

「かっけぇ、っす」

話してるうちに思い出してきた。
そう言えばこの方は独特な人、って有名で。
社長の一番のお気に入り、って評判なんだった。

「東京に心残りがあるなら、ちゃんと解消してから青森に来いよ?」

「はい?」

ドアを小幅に開け閉めして油を回しながら、中居さんは俺とは視線を合わせないまま言った。

「当分東京には返さないからさ。
行きたい場所とか、会いたい人とか、食いたいものとか味わっておいた方がいいんじゃないかなぁ、と思って」

「あぁ、そうっすねぇ。
でも、そこまでの思い入れもないんで大丈夫です。
海外に行くわけじゃないですし」

「そう?」

「ハイ」

答えた俺を振り向いて、ニッと笑った。
優しそうだしカッコイイのに、どこかイタズラを企んでそうな笑みだ。

ああ、食えないタイプの人だよ、これは。
と思う。

連想で岡田氏を思い出した。


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