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冬のニオイ

第30章 Baby blue

【潤side】

結局、煙に巻かれた状態で中居さんとは終わったんだけど。
俺は何だか彼の下で働けることが楽しみになっていた。

鍛えてもらえるなら有難いことだ。
この年になると、自分にないものとか知らないことを教えてくれる人は本当に貴重だと思う。
関係が悪くなる可能性があるのに、敢えて表立って指摘したり、親切に教えてくれるような人は中々いない。

俺は新人ではないし、中居さんも多分こっちから積極的に訊かないとイチイチ教えてはくれないだろう。
もう一皮剥けたいなら、自分から求めてしっかり付いて行くしかない。
そう考えることにした。

いつまでも終わったことを思い出したくない。
最後に見たあの人の顔が蘇ると辛いから。



昨日はお陰様で送別会も3次会まで参加し、今朝の目覚めは最悪だった。
何しろ寝たのがほぼ朝だったし、楽しかったけれど流石に疲れてる。
午後の新幹線にして正解だった。

東京から新青森まで約3時間。
そこから弘前まで40分。
車内で充分寝れる。
駅構内で手土産にする菓子折りを買い、早々と改札を抜けた。

ホームにある待合でコーヒーを啜りながらスマホをいじっていると、近くの席から東北訛りの会話が聞こえる。

「それにすてもえぎべんってなんでこったらにたげぇんだ? にせんえん、って。しんずらいね」

「まぁめったにねぇごどだし、いんでね」

「はぇぐあおもりのこめくいでな」

「うん」

何を言ってるのか全然聞き取れないけど、多分青森の言葉なんだろう。
と思う。
歌うような独特のイントネーションが同じ気がする。

ご夫婦の会話を耳にして、昨夜の飲み会で散々練習させられたセリフを思い出した。

『あおもりのこどばはふらんすごににでるってよぐいわれるんですよ』

ウチの会社で鉄板になっているネタなのだが、青森の協力業者さんで有名な社長さんが居て、東京から転勤したヤツに必ずこう言うそうで。
送別会ではこれを練習させられるのが恒例になっている。

『みみできぐのど、くぢでしゃべるのど、りょうほうのすきるがもどめられんのですよ』

「ふふっ」

思わず笑い声が出てしまう。
聞き耳を立てていたと思われてはマズイ。
丁度乗る予定の列車が到着して俺は席を立った。
待合から外に出た時、見覚えのある後ろ姿が列車の先頭へ向かって早足に歩くのが見えた。

あれは。

「智……」

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