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冬のニオイ

第3章 サヨナラのあとで

【翔side】

正直、何から話せばいいのか。
俺は自分を良く知るこの人の前でも、中々話を始められなかった。

「…っ」

息を吸い込んで言葉を紡ごうとするのに、想いは声にならずに消えてしまう。
何度も言おうとして言えなくて。
結局ゆっくり吐き出すことになった。

これじゃぁ、深呼吸してるだけだな。

生きてるって、所詮、呼吸の繰り返しだ。
人生なんて呼吸の繰り返し。
自嘲の笑いが起きてくる。



智君に初めて会ったのは日曜日の大きな公園だった。
踊りが好きな連中が集まって持ち寄った曲を順番にかけながら、わちゃわちゃ適当に振りをつけて踊るのが楽しみで。

元は俺と同じ地元の連中が数人たむろってただけなんだけど、そのうち参加者が増えていって、何となく毎週集まるのが日曜の恒例になった。

そうだ、あの場にはぶっさんも居たっけ。
だからきっと憶えてるだろう。
突然ふらりと踊りの輪の中に入って来たあの人が、どんなに美しく躰を動かしたか。

細かな音を丁寧に拾ってリズムを刻む、あの足さばき。
そのくせ腕の動きには余裕があって。
同じ一拍のカウントでも、あの人の時間だけは他の連中よりほんの少し長く感じてしまう。
一つの音符が示す時間の巾が、あの人の踊りを見てるとよくわかったものだ。

音も立てずにスッとジャンプして、空中で羽を伸ばして。
次の音のど真ん中に合わせてフワッと着地する。
それから、その次の音が来るまでの刹那、ピタッと止まって見せたあの一連の流れ。



「……なぁ、言いたくないなら言わなくてもいいんだぜ」

俺は余程長く黙ったままだったのか?
昔から忍耐力があって、傾聴の姿勢を常に忘れないぶっさんが、珍しく声をかけてきた。
いつもはこっちが話し始めるまで、いつまででも黙って待ってる人なんだけど。

「そうじゃないんだけど……」

そうだ。
智君も、そうだった。
聴いているのかいないのか、時には関心が無いのかとさえ思えるくらいの態度でさ。
相手にプレッシャーをかけないように、いつも静かに受け入れてくれた。

そういうところで多分、二人は気が合ってたんだろうな。
年も同じだったし、よく並んで座ってたっけ。
俺はぶっさんと仲が良かったから、そのまま自然に智君とも一緒にいるようになった。


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