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冬のニオイ

第3章 サヨナラのあとで

【翔side】

挨拶程度しか交わしたこともない教授の娘は、俺の恋人の存在を突き止めると、あの人を貶めることで俺達の関係を裂こうとした。
そして実際に、その通りになった。

ぶっさんが呆れた声を出す。

「らしいね、って。
お前、確認してないのか」

「俺が確認したのは相手の男だけだよ。
それも、何か月も経ってからね。
憶えてるでしょ?」

「ああ……」

生まれて初めて本気で人を殴った。
拳の痛みよりも、相手の顔が鼻血まみれだったことの方が記憶にある。

話を聞きたいと持ち掛けた俺に、そいつは楽しそうに笑って言ったんだ。

『じゃぁ、あんたが男と付き合ってるって本当なんだ?
すげぇな、俺、本物のホモって初めて見たよ』

下卑た表情に切れた俺がそいつを殴って。
最初は訴えるとか言ってたけど、俺がいつまでも殴り続けてたから、そのうち、止めてくれ、つって泣き出した。

泣きながら、教授の娘に頼まれたんだ、って。
金をくれるって言うからバイトのつもりでやっただけで、智君と俺が本当に付き合ってるとは知らなかった、と言った。

酔わせてエロい会話を散々したのを録音して。
ホテルの部屋に連れ込んだけど、勿論やってない。
自分はホモじゃない。
ただ、目が覚めた本人が勘違いするように裸にして、それらしく痕跡を残しただけだ、って。

痕跡って何だ? と質問した俺に、そいつはちゃんと答えた。

思い出したくもない。

『殺してやる』

鼻血まみれで倒れてる男の胸倉をつかんで拳を振り上げた時、止めに来たのがぶっさんだった。



あの男も、もうイイ年だろう。
教授の娘とは一緒になれなかったみたいだけど、もしかしたら子供とかいるのかもな。

「ふふっ」

「うん?」

ぶっさんが笑った俺を不思議そうに見た。

「いや、あの時ぶっさんが止めてくれなかったら、俺、本当に犯罪者になってたなぁ、と思って」

「ふん、俺は笑えないよ。
お前が犯罪者になってたら、俺だって今こうしてここには居ないんだぜ」

確かにその通りだった。
実行犯には教授が何か言ったらしく、警察沙汰になることはなかった。

後日、ぶっさんの強い勧めで殴ったことを謝罪しようとしたけど。
その男は余程俺が恐ろしかったのか、俺を見ると毎回ダッシュで逃げ出して。
仕方なく治療費だけをぶっさんから渡してもらった。


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