テキストサイズ

冬のニオイ

第5章 リフレイン

【潤side】

仕事柄、初対面の人とも平気で愛想よく喋ることが出来るし、今までこの店で、同じことを何人かに言って来たくせに。大野さんに次の一言を言うのは、かなりの勇気が必要だった。

「隣、空いてますか?」

「ふふっ、いいよぉ~、どーぞぉ~」

返事があっさり返ってくる。

本当にいいの?
ここでその返事をしたら、今晩はOKってことになるんだよ?

この人、何かの間違いでこの店に来たんじゃないだろうか。
駄目だ、とにかくここから連れ出さないと。

心配になって声を潜めて問いかける。

「大野さん、送ります。
ここは大野さんが来るような店じゃない」

「ん~、やら。
オイラ、まら帰んない。
家に帰っても誰もいないし。
寒いし、石油切れてるもん」

「うわ、酔っぱらってますね。
良く今まで無事だったな……」

言ってスツールに腰掛けた。
とりあえず隣に誰かが座っていれば誘いは来ない。

「すいません、ドライマティーニお願いします。
この人、どのくらい飲んでますか?」

年配のバーテンダーが、曖昧な笑顔でカウンターにあったウイスキーのボトルを指し示す。
半分以上減っていた。

「まさか、これ今日入れたの?」

バーテンダーは肯定の意味で、両目をゆっくり閉じてまた開けた。

「あーあ、マジか……」

大野さんを見ると、カウンターに頭を乗せたまま、まだふにゃふにゃ笑ってる。

「あんね、お祝いしてらの。
まつもとくんもお祝いしてぇ。
オイラ、まら飲めるし。
あれ?
まつもとくんらよね?
んん? 違った?」

「あ~、えっと、はい、松本です。
ゴキゲンじゃないすか」

「ふふっ、すいませーん。
ぐらすとちぇいさーくらさい」

「あの、大野さん……」

「嫌?」

「いえ、そうじゃなくて」

「オイラみたいの好みじゃなかった?
オイラ、どっちでもいいよ。
んふふっ。
んでもぉ、上はむりかな。
らって、やったことないし、おで、いっつも下らもん。
あははっ」

言いながら俺の方に指を伸ばしてきて、そっと俺の頬に触れた。
予想外に冷たい指先で、笑ってるのに今にも泣きそうに見えた。
これで我慢出来る奴が居たらお目にかかりたい。

俺は腹をくくって、頬に触れてる大野さんの手を握る。
チュッと口づけてから見つめると、彼は安心したようにまた、ふにゃっと笑った。
潤んだ瞳が光ってた。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ