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冬のニオイ

第11章 アオゾラペダル

【智side】

「ちょっと潤、ダメだってば」

「まぁまぁ、気にしないで」

「んはっ。何だよそれぇ。
オイラは何も気にしてないよ!
そうじゃなくて一人で帰りたいのっ。
一緒に来たらダメッ」

潤が明るくふざけるから、その場のノリでついハッキリ拒否っちゃったんだけど。
あれは多分、泣いてしまったオイラのことを本心から心配してくれたんだ。

「え~、いいじゃん。
大丈夫、襲ったりしないよ、ね?」

「だから、ね? じゃなくて。
可愛く言ってもダメなものはダメです!
潤が先に帰って。
そしたらオイラも帰るからっ」

握られてた手を振りほどいてワザと怒った顔を作ると、潤ときたら嬉しそうにニヤニヤしてさ。

「智は怒った顔も可愛い」

って、オイラの話、全然聞いてなくて。
そうかと思ったら。

「じゃぁ、笑って。
笑ってる顔見てから帰りたい。
先に帰るから笑って」

って。

急にそんなこと言われても、笑顔なんか作れない。
しょうがなく、なんとか口の端を上げて見せると、潤はアリガトって言って。
オイラのことをまたちょっと抱きしめてから、一人で駅まで歩いて行った。

後ろ姿を見送ってたら申し訳なさが押し寄せてきて溜息が出た。
一人でとぼとぼ歩いてマンションに戻った。



あの優しい潤を、これ以上傷つけるわけにはいかない。
キタムラさんのことが知られたら、心配だから一緒に行く、とか、また言い出しそうだし。断って問答になるのが目に見えるようで、正直それも面倒くさい。

オイラ一人でさっさと解決してしまった方が後々楽だろうと思った。
ああ、あれなら、もう済んだよ、って普通に言えばいいんだ。

やれやれ、と思いながら、仕方なく出かける準備を始めた。



コーヒーを飲んでもどうにも目が覚めなくて怠い。
あんまり体調が良くないのが自分でわかって、用が終わったら今日は大人しくしていようと決めた。

一応風邪薬を飲んでおこうかと思ったら、薬箱にしてるルアーケースの中にあったのは外装の箱だけで、中身が切れてる。
時間には余裕があるし、先にドラッグストアに寄ってから待ち合わせ場所に行けばいいか、と思いつつ家を出た。

「さとしくんっ、おはよう!」

エントランスを出たところで明るい声に呼ばれる。
植込みの前にしゃがみ込んでた子供が、オイラを見て嬉しそうに笑いながら立ち上がった。


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