テキストサイズ

冬のニオイ

第12章 TOP SECRET

【翔side】

努力を人に見せるのが嫌いな貴方が働きながら資格を取るのは、どんなに大変だったことだろう。
きっと誰も見ていない所で、一人で凄く頑張ってたに違いないんだ。

「さとしくんはさ、どうしてケンチクシになろうとおもったの?」

「ん~」

「しりたい。おしえて?」

「タツオミはもしかして建築に興味があるの?
ん~と、そうだねぇ……。
実家が工務店だった、ってのもあるけど……。
オイラねぇ、凄く好きな人がいたんだけどね。
多分、その人に釣り合うような自分になりたかったのかな。ふふっ」

ドキッとした。
凄く好きな人……。

「……どうして?
さとしくんのままでいいのに……」

「ふふっ、ありがとう。
タツオミは大人みたいに喋るねぇ……」

困ったように笑って。
カップを手に持ったまま、何かを探すみたいに窓の外に視線を向けた。

「オイラが好きだった人はね、とっても頭が良くて良い学校に行ってて。
タツオミみたいに良いお家の子でね。
考え方もしっかりしてたし、将来有望なちゃんとしてる人だったの」

「…………」

「でもオイラはその頃、アルバイトで学歴もなかったし、一緒に大工をしてたじーちゃんも死んじゃって。
家族とも険悪だったから、宙ぶらりんでさぁ。
なんて言うか、将来とかはっきり考えてなくてね。
特に望みもなかったし、大好きな人と一緒に居られたら、それだけで良かったんだよねぇ」

「…………」

ああ、智君。
それは、もしかして俺の話?
俺と貴方の話なの?

手が震えてきて、持っていたカップをテーブルに置いた。

ぶっさんに会った時、幽霊を見たような顔をしてたって聞いた。

なのに。
どこか懐かしそうに、優しい顔のままで。

もしかしたら相手が子供だから、言っても分からないと思って本当のことを話してくれてる?

いや違う。

この人は昔から、本当のことしか言わない。

「その人がオイラに勉強を教えてくれて、高卒の資格を取ることが出来たんだ」

智君は、一緒に勉強した昔を思い出すみたいに、ちょっと嬉しそうに笑ってた。

俺が知ってる頃よりも少し頬がふっくらして。
もうすっかり落ち着いた大人の髪型で。
昔、腕の中にすっぽり抱いて眠るたびに触れた、柔らかな感触を想う。

ダウンライトの灯りに透ける茶色い髪を俺はただ見ていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ