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冬のニオイ

第14章 Face Down

【潤side】

俺と智は三度顔を見合わせる。

屋敷からほとんど外に出てない、って。
でも道路だって凄く詳しかったし、ハキハキしてて愛嬌もあるし、むしろ物怖じしない子供に見えた。

キタムラさんは言いたいことを堪えるように口を結んでいて、この件がこの家にとっては深刻な問題なのが窺える。

何と返事をしていいのか分からず黙っていると、智が遠慮がちにキタムラさんへ問いかけた。

「あの、タツオミ君から、一緒に事故に遭った人から僕のことを聞いた、と」

「……そうですか。
ぼっちゃんは私にもそのように仰いました。
しかしその方は未だ入院しておられて、事故から一度も意識が戻っていないのです。
ぼっちゃんとお話したのであれば事故に遭う前のことでしょう、と思いますが……。
お嬢様にお尋ねしましても、絵本を読んでいた時にそばに居た人で、特に会話もなかったと。
お嬢様はその方のお名前も知りませんでした」

「でも、その人は僕のことを知っているんですよね?
何ていう人ですか?」

「櫻井翔様、と仰います」



サクライショウ。
その名前を聞いた時、自分の腿を両手でゆっくりと擦っていた智がピタリとその動きを止めた。

「ご存知でいらっしゃいますか……?」

言いにくそうに確認するキタムラさんに、智が無言で頷く。
二人とも何も言わず、脇から様子を見守る俺も言葉が出なくて、沈黙が続いた。

やがて、智が何も言わないのを見てとったのか、キタムラさんが口を開く。

「実は、当初は居合わせた男性の方の身元が分かりませんで。
また、櫻井様ご自身の意識も未だ戻っていない状態ですので、ご家族様へのご連絡などにも時間を要しました。
……本来、大野さんへお伝えするべきことなのかどうか判断がつきかねる内容ではございますが、ぼっちゃんが目覚めてからずっと、あなた様のことを探すように、と強く仰いまして……。
大変失礼ながら、私共で大野さんのお勤め先をお探しした次第でございます。
突拍子もないことで、何とお声を掛ければよろしいかと考えあぐねておりましたところ、昨日はあのようなこととなりました。
何しろ意識が戻ってからのぼっちゃんは……その……ご様子が……」

「今までとは違っていたんですか?」

言いにくそうに歯切れが悪くなったキタムラさんに俺から水を向けると、彼は下を向いて、また長く大きい溜息を吐いた。

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