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冬のニオイ

第14章 Face Down

【潤side】

「大人しいお子様でしたから、良い変化と言えなくもないのですが……。
身の回りのお世話をしておりますメイドたちも戸惑っております。
まるで別人のようだ、と……。
……大野さん、理由は分かりませんが、ぼっちゃんはあなた様のことを大変気にかけておられます。
昨日に引き続き本日もお一人で勝手にお出かけになるなど、電車の乗り方もご存じない筈なのに、肝を冷やしました。
この度の非礼につきましては深くお詫び申し上げます。
誠に申し訳ございませんでした」

深く頭を下げたキタムラさんを半ば呆然と見やりながら、智が小さく首を振った。
顔色が無い。

「櫻井様は現在、〇〇総合病院にて治療中でございます」

「〇〇総合病院……」

智の口が小さく動いて、キタムラさんの言葉を復唱する。

「当家にとっては大恩のあるお方でございますので、出来る限りのことはさせていただいておりますが、まだ、お話が出来るような状態ではございません。
医師からも面会の許可は出ておりませんが、ご友人の岡田様と仰る方が、櫻井様は意識が無くても、きっと大野さんにお会いしたいだろう、と仰っていました。
詳しくは伺っておりませんが、事故に遭われた日、櫻井様は大野さんに会うために外出されたようだ、とのことでございます」

オカダ、と唇が動いたようだけど、智はキタムラさんには答えず腕を組んだ状態で俯いている。
心配になって肩に手を置くと、震えているのが分かった。

「智? 大丈夫?
知ってる人???」

俺の言葉が聞こえているのか、いないのか。

「智?」

「え? あ、だいじょ……」

一瞬横目に俺を見て、すぐに瞳が揺れた。
俺から顔をそらすとブツブツと何か言ってて。

「事故って……え?
オイラに会うため?
なんで?
しょおくん?
しょおく……」

ただならぬ様子に俺は驚いてしまって、馬鹿みたいに智の横顔を見ていた。
震える唇を隠すように、左手が喉元や口の辺りで動いてる。
その指も、震えて。

「大野さん、もしよろしければ、一度岡田様へご連絡をお願いいたします。
携帯電話の番号を言付かっております。
大野さんにお渡ししたいものがあると、仰っていました。
櫻井様のお気持ちを伝えたい、とのことです」

智は左手で口を押えたまま、キタムラさんが差し出したメモをじっと見ていた。

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