このインモラルで狂った愛を〜私と貴方の愛の手記〜
第2章 実ってゆく恋心
「リディ? ……どうかした?」
黙って俯いてしまった私の横顔を覗き込むと、私の顔にかかった髪を優しく手に取り耳にかけたウィリアム。微かに耳に触れた彼の手にピクリと身体を震わせると、私は赤らめた頬で小さく首を横に振った。
「いいえ……何でもないの」
「そう? ほら、リディの好きなチョコレートもあるよ」
テーブルに置かれたお皿から綺麗にトッピングされたチョコを摘むと、そのまま私の口元へと運ぶウィリアム。自分で食べれると言いたいところだけれど、優しく微笑みながらも有無を言わせないその強い眼差しに、私は小さく喉を鳴らすとゆっくりと口を開いた。
それに満足したかのようにクスリと小さく声を漏らしたウィリアムは、「いい子だね、私の可愛いリディ」と囁いて私の口の中へとチョコを入れる。途端に口の中一杯に広がる、甘いチョコレート。
それはまるで心に影を落とした私を慰めるかのようにして、私の心に沁みて溶けたチョコが身体と一体化してゆく。
(このチョコのように甘いひと時が、少しで長く続きますように……)
そんな願いを心に秘めながらも、この想いは決して悟られてはいけないのだと自分に言い聞かせる。侯爵家の中でも一番の領地と地位を誇るウィリアムと、特に秀でた容姿を持つわけでもなければ、非凡な才能があるわけでもないただの伯爵家の私とでは、到底釣り合うはずもないのだ。
いずれ彼は、相応しい相手と婚約を結ぶはず。実際、彼の評判は社交界でも一・二を争う程の人気で、既に沢山の御令嬢から婚約の申し入れが来ているのだと、以前、父と兄が話していたのを聞いた事がある。
幸いにも、まだ決まったパートナーがいるという噂は耳にしないが、いつ婚約者が決まったとしてもおかしくはないのだ。その時が来るまでに、私は気づき始めたこの想いに終止符を打たなければならない。
これが恋心などではなく強い憧れである今のうちならば、この淡く抱き始めたウィリアムへの気持ちも、きっと時間が解決してくれることだろう。
それが既に恋心であるということを自覚することもできぬまま、私はそっと瞼を閉じるとその気持ちに蓋をするかのようにして、口の中一杯に広がる甘いチョコを喉の奥へと流し込んだのだった。