
戦場のミハイル
第4章 遊撃部隊、北に進む
「エレーニャ、今夜の見張りは楽勝だね、コーヒーでも持ってこようか?」
「コーヒーよりウォッカが欲しいよ〜、でも仕事中だからなぁ〜、悪いけどブラック淹れてくれるかい?」
敵地での哨戒業務は神経質にもなるが今夜は味方の領地、クルーみんなもほどよく緊張を解いていた
ミハイルは簡易キッチンルームで熱いコーヒーを淹れてやった
他の陸軍基地ではマズい泥のようなインスタントだがここのチームは副長オルガの好みで高級な豆を使っている
ミルを廻しているのでキッチン中に豆の香りが広がっていく
二人分のマグに蓋をしてミハイルはコックピットに戻った
仕事中のエレナを邪魔しないよう無言で手渡す
エレナは赤外線カメラのゴーグルを当てている
「なにか居たの?」
「うん、動くものがあったけど雪ウサギだった」
エレナは赤外線ゴーグルのまま周囲を見渡す
他に熱源は無さそうだ
二度三度と数回の確認をしてからエレナはようやくマグに手を伸ばした
「エレーニャ、ゴーグルをつけたままだとヤケドしちゃうよ? マグはもっと左だし、蓋も外してね」
「そうなの?蓋はずしてくれるミーシャ」
「はいはい」
ミハイルは副砲座席を立ち上がりエレナの横に立ち、マグの蓋を外してやる
何度も空をきるエレナの手を掴んでマグまで導いてやる
〈世話のかかる女のコだな……〉
若いエレナは普段から危なかっしい
経験値不足もあって日常から危険予測が出来ていない
でもその危うさは同年代の若いオトコにはウケるだろうな、とミハイルは思った
完璧な女より構ってやれる女のコのほうが若いオトコの優越感を引き出せるだろう
大司教から少年の姿のまま固定されてしまったミハイルだが中身は熟練の男性でもある
ただ外見や肉体が老化しないことは脳までも若さを保っていられた
何年も生きて精神的にゆとりが出来ても、感情を押さえられないときがある
まだまだ自分は達観していないのだ、と反省する
肉体の老いは精神の収斂さにもつながるのではないか
ミハイルは老いのない自身の生い立ちを恨むのだった
