戦場のミハイル
第6章 ニコライ議員の私邸
涙が止まらない
言葉が出てこない
涙と鼻水、涎も混ざりうまく呼吸が出来ない
目の前の男はきっと引いてしまっているだろう
少し落ち着きだしたとき、いつの間にかミハイルは席を立ち自分のほうにタオルを差し出してくれていた
すみません、と言いたいが言葉が喉から出てこない
無言でタオルを受け取り、顔を拭く
「落ち着いた?」
ミハイルは続けてコップを手渡す
どこから取り出したのか、コップの中は水ではなく酒だ
ガリーナは少しだけ唇につけ、味を確認してから少しづつ喉を通していった
アルコールが熱を帯びながら身体に染み込んていく
「……取り乱してしまいました、申し訳ありません……
こんなことは無いのですが……」
「薄れてきた感覚が、突然戻ってきたんだね
ガリーナさんの言う通りエカテリンブルクは本当に華やかな街だ
戦場からすると夢のようだ
ギャップがあるね
今、この瞬間、どこかで戦闘が行われていると実感出来ない」
「……はい、ですから自分は早く体調を整えて戦場に戻りたいのです」
ミハイルも手酌で酒を注いでいる
「体調が戻るまではここで暮らすのだろう?
それなら、ここでのテーマを達成してから戦場に戻るといい」
「テーマ?」
「誰かと暮らすのさ、平和な街ほど人との触れ合いが希薄だろ?
自分の居場所、自分の生活を作る」
「?……わたしは今はここで住まわせて頂いていますし、ここのルームメイトも同僚がおりますが……」
「ここは良いお屋敷だよ、そうじゃなくて
ここの警備の仕事が完了したらすぐに軍へ復帰するのではなく、何処かで誰かと暮らしてみるといい
このエカテリンブルクをもっと身近に吸収できる時間が、ガリーナさんには必要だと思うよ」
「私はこの街に2年も居るのですよ?
長過ぎるぐらいです!」
「病院での暮らしと、住み込みの警護の暮らしだろ? そうじゃなく、ここで誰かと密接に暮らしてみてはどうかと言ってるのさ
戦場にはいつでも戻れる」
「わたしは一刻も早く復帰すべきだと考えています」
「まぁ、気が向いたらでいいよ、まだここの仕事が終わってないからね」
そう、このニコライ家を狙う輩を何とかしなければならない
まずはこの屋敷だ