
戦場のミハイル
第6章 ニコライ議員の私邸
東の塔
それは少し〈離れ〉のようになっている
大きなお屋敷のニコライ邸は以前の大戦でも焼け落ちなかった歴史ある建造物だ
西の塔、北の塔、南の塔と違い、迷宮のような狭い廊下と階段を通ってようやくたどり着く隔離された場所だ
ミハイルは来訪するたびにこの場所で滞在する
豪華な客間は使わず、この牢獄のような場所を好んだ
実際に過去は牢獄だったのかもしれない
塔から張り出したバルコニーに出てみる
外はまだ漆黒の世界
塔から見下ろすと屋敷の全体が見通せる
寝酒のグラスを手にしながら
ミハイルはニコライ夫婦の寝室を眺めていた
「……変わらないな、ここは」
この古い建造物はミハイルそのものだ
見た目が変わらない〈不老〉
それは当時の教皇が彼に与えた〈呪い〉でもあった
街はどんどん進化して、新しい街並みを生み出している
このニコライ邸は遺跡と同じだ
自分も遺跡と同じだ
変われない呪い
今でも思い出す〈サンクトペテルブルク〉の壮絶な戦場の残骸
そこでも彼は死ねなかった
それは〈運〉だったのか、
それとも〈呪い〉のおかげなのか、
今でもミハイルにはわからなかった
走馬灯のように過去がフラッシュ・バックする
「また、か」
ミハイルは部屋の中に戻り、ベッドに身を沈める
激しい身体の痛みが襲う
あまりの激痛に叫ばざるを得ない
脳が過去の映像を鮮明に遺している
古ぼけることのない記憶
〈不老の呪い〉は彼の肉体だけでなく
精神の深いところまで劣化をさせなかった
ツライ記憶がつい昨日のように感じるのだ
忘れていかない……!
あの時の感覚が、
あの時の感情が、
突然、津波のようにやってくる
その凄まじい衝撃に
だんだんミハイルの心は耐え切れなくなってきた
〈もしかすると、カミエーターの最期ってこういうことなのかッ!?〉
ミハイルは自分だけが皆の時間軸から取り残されて
そして、自分だけがブリキのオモチャのように
古く
損傷して
壊れていくように感じていた
〈もうボクは壊れていく〉
叫びは夜通し続いた…
