神の口笛
第1章 1
…
まだ持ち上がらないまぶたをそのままに、エマは両手を伸ばす。
手探りでグレイに触れ、すり寄って甘えた。
「おい、そろそろ出ないと点呼に遅れるぞ。」
「ん~んっ!」
「なんだ。」
「…抱っこ」
はいはい、というようにエマを抱いてあやすが、腰は引けていた。
生理現象と分かってはいても、昨夜のエマの反応が思い出され、理性を捕まえておくのがしんどい。
一方でエマはグレイの下半身など気にする様子もなく、思いのままに密着していた。
日中は胸にサラシを巻いて過ごす女兵士たちだが、湯浴みのあとは素肌に生成りのシャツを着る。
互いのシャツだけが隔てているその向こうには柔らかい乳房があるのだ。じんわり伝わる熱で、エマの体温の高さが分かる。
もしこのシャツが無かったらどうなる…いや、考えるのはやめだ。
「ほら、そろそろ起きろ。マルコスにどやされても良いのか?」
「…むぅ。分かった行くよ。…むぅ。」
じゃあね、とグレイの部屋を出たら猛ダッシュだ。
どんよりと暗い雲が広がる中、同じように急いで自分のブロックへ駆けていく者が何人かいた。
基地内では特定のパートナーがいるという事がほとんどない。
互いに同意の上なら自由に性交できるという環境からなのか、男女の関係は実にサッパリしている。
エマ自身も、恋愛というのはグレイが読んでくれた本で少し聞いたことがあるくらいで、幼いころに亡くなった両親の仲睦まじさも当然知らない。
昨夜の動悸はグレイに対する胸の高鳴りだったのか?など、エマには考える余地すらなかった。
「エマ!またギリギリだよ!まったくもう」
部屋ではすっかり準備を終えたステラが自分の事のように慌てていた。
髪をねじり上げて古びたカンザシを差し込み、胸にサラシを巻いたらもう時間だ。
点呼開始のサイレンが鳴り響く中、2人は駆け出した。