神の口笛
第1章 1
「グレイ…」
眠そうな声でエマが言い、胸元にすがり寄ってきた。
「どうした。」
「怖い。砂漠で一人ぼっちになんて…」
グレイは本を閉じ、エマの頭を大きく撫でた。
訓練中はどこか生意気な態度だが、だからこそこうして甘えた声を出す瞬間が愛おしい。
「大丈夫だ。これは物語なんだから。」
「でも」
「俺がいるのに怖いのか?こんなに強い男がいるのにか。」
「……ふふ。」
ほころんだ顔を確認するとグレイはランプを消した。
「さ、明日も早いぞ。寝ろ」
各ブロック間での宿泊禁止、という規則はないが、毎日朝晩に点呼がある。
それに間に合わなければ罰としてなにかしらの代償を払わなければならない。
「うん。頑張って起きる」
「ん。」
エマは抱き着いていたグレイから手を離して仰向けになり、「いつものして」と言った。
グレイはエマの胸に手を置き、トントンとゆっくり叩く。
いつの間にか豊かに膨らんだやわらかい胸は、呼吸と共にかすかに上下した。
やがて静かな寝息が聞こえ始め、グレイは考えた。
無垢なまま21になってしまったエマに、女として自分の身を守る必要があると教えなければならない。
こうして無防備に胸元に触れさせるなど、本来あってはならん。
孤児院や軍学校でも性教育はあり、おそらく理解はしているはずだが…。
エマの興味があるものと言えば寝る事と、トマトと、本の朗読くらいだ。
そんなエマが先ほど口にした「ドキドキする」という言葉と、腹を撫でたときのぴくりという反応に、グレイは動揺していた。
そしてなにより、自分のそれがエマに反応してしまったことに複雑な思いを抱いた。
欲求不満なのかもしれない。
女は何年も抱いていないし、最後の自己処理も覚えていないほど前のことだ。
「エマ」
眠っている彼女からの応答はない。
グレイはそっとエマの頬に触れ、それから親指で唇を撫でた。
この愛しき存在を失うことなどあり得ない。
か弱く透明な素肌に、その思いを痛いほど実感させられる。
なんのために戦っているのかといえば、エマのためだと言ってもいいだろう。
彼女の柔らかい髪に鼻を埋め、大きく深呼吸してから眠りについた。