神の口笛
第10章 10
「エマ…」
「うん?」
腕枕をしながらレイモンドはゆっくりと話し始めた。
「僕と結婚してくれる気はあるかい?」
「…。」
「ははっ。駄目か」
「縁談の話は?」
「知っていたのか。…国王は僕の気持ちをそれなりに尊重してくれるだろう。僕が望めば断ることもできる」
「そう…なの」
「しかし、それには相応の理由が必要だ。」
国王ともあろう人物からの直々の紹介となれば、それは当然の事だった。
階級の高い者が、親の決めた許嫁と結婚するのは少しも珍しくない。
それはエマにも分かっていた。
…
数か月経ってもエマはレイモンドの求婚に頷けずにいた。
グレイのことを思わない日はなかったから…―――
あの日、レイモンドに抱かれながらもグレイのことを考えていた自分に嫌悪感が日に日に増していく。
グレイが派遣されたという北の戦地に行きたいという希望をガルダン基地へ出したが、「否認」という書面が返送されてきただけだった。
「ねえ、エマ。今夜はなんだか寂しいの。もう少しお喋りしない?」
すっかり夜も更けた20時過ぎ、エイミーは上目遣いでそう言った。
「うん。そうしよう」
下女が2人分の紅茶と、クッキーをいくつか並べた皿を持ってきた。
もうお休みなさい、と言うエイミーにお辞儀をして下女は出ていった。
「私、結婚なんてしたくないわ。会ったこともない人なのよ…」
まさに悲劇のヒロインといった様子でエイミーが嘆く。
うなずくエマに、彼女はさらに続けた。
「なにより、クリスと結ばれたいのよ私は!」
もう何度聞いたか分からないセリフだが、それでもその気持ちが理解できる。
「私は結婚に興味がないけど…でも、もしするのなら愛する人がいい」
「そうよね?…ねぇ、レイモンドのことを愛してる?」
「う…う~ん…。」
「ボケっとしてると、他の人と結婚しちゃうわ。」
「そうだね。」
「初恋の人が忘れられない?」
もちろん、グレイの事を忘れられるわけがない。
でも、彼はもう…―――
言葉を発しようとしたその時、非常階段へとつながる小さな扉から、コンコンと控えめな音がした。