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神の口笛

第11章 11



戦も終わり、穏やかな日常がしばらく続いた。


この日、レイモンドがガルダンを訪問してきたことをエマはまだ知らなかった。


遠くでは、いくつになっても美しいエマの訓練する姿に見入るレイモンドがいた。







「レイモンド…?」

訓練を終えたエマが東棟へ戻ると、門の前に立つ彼を見つけた。


「やあ。元気にしていたかい?」


陽も暮れかかった基地内を2人で歩き、その足は自然と厩舎へ向かう。



「お兄さんは…?」

馬を撫でながらレイモンドが問う。


「北の地で……死んだと…。」


それを聞いた彼は一瞬固まり、すぐにまた馬を撫でた。


「…。そうか……。キミは退軍まで在籍するんだろう?」

「うん。」


「なにか困った事があればすぐに僕に言ってくれ。」

「ありがとう。」




今、レイモンドの妻のお腹には新しい命が芽生えているらしかった。


当初は愛のない結婚だと誰もが認識していたが、彼は自分の持った家庭ができるかぎり安らかであるよう努めているように見えた。



そして最後に、もうすぐエイミーとクリスの結婚式があるのだと告げた。

エイミーとの文通は、文字が苦手なエマの番で止まっているのだ。



「キミも来るだろう?ガルダンに行くのなら必ず伝えてくれってエイミー様が何度も言っていてね…。はは。」









2ヶ月後、エマは休暇をもらいスピリルへと出向いた。


実に豪勢な結婚式で、エイミーはこれ以上ないほど幸せな笑みを浮かべていた。


以前はどこか頼りなげだったクリスは、ひとまわり体格が大きくなり、熱のある視線でエイミーを終始見つめていた。


私にも、誰かと結婚する未来があったのだろうか。


今でもグレイが生きていたのなら…―――



手のひらに残った数粒の砂ほどに、望みは底をついていた。


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